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風紀を頼っても寒椿経由で岩片に全て筒抜けになっている、と思えばもう宛に出来ないだろう。
そうなると政岡だってこれ以上頼るのも難しい。
――これも全部アンタの思い通りってか。
ここにはいない元御主人様の顔が頭を過る。
八方塞がりにさせられる側からしてみりゃ、堪ったもんじゃねえな。
政岡と別れたあと、少し考えを整理したくて部屋へと戻ろうとしたときだった。
通路を曲がった瞬間、後方で影が動くのを見た。
誰かに着けられている。それも、恐らく一人ではない。
適当に撒けるだろうか、と頭の中で逃走経路を組み込みつつ、俺は適当に通路を曲がった。そしてすぐ、近くの階段の裏側に隠れる。
幸い尾行していた連中は賢くなかったようで、急に姿を消した俺を探すように散り散りになって行くのを呼吸を殺しながら見送る。
そして、人の気配が完全に失せたのを確認して階段の影から抜け出したときだった。
「相変わらずツメが甘いな、甘い甘い。このキャンディーの次に甘えよ。……ハジメ」
階段の上から聞こえてきた声に、冷水ぶっかけられたみたいに息が止まりそうになる。
顔を上げるのも癪だった。
棒つきキャンディーを咥えたまま、黒もじゃまりも男は階段に座り込んではこちらを見下ろして笑うのだ。踊り場の窓から射し込む日差しを受け、その分厚い眼鏡のレンズはいつも以上に反射して表情が見えない。しかし、唯一露出した口元には楽しげな笑みが浮かんでいた。
「随分と大掛かりだな、わざわざ俺と会うためだけに」
「因みに、あいつらは俺が連れてきた友達でもねえから。他人の網で追い込み漁してんだから寧ろエコだろ」
「で、なんの用だ」
今どき漫画でも見ねえようなクソでかいキャンディーに歯を立て、バリボリと噛み砕く岩片。そしてただの棒っきれになったそれを咥えたまま、「んだよ、つれねえな」と立ち上がる。
「パーティーのお誘いだ、ハジメ」
「パーティー?」
「ああ、そうだ。主役はお前だよ」
これは直感でしかないが、恐らくそれは暗喩なのだろう。嫌な響きにじんわりと汗が滲む。
「へえ、それでお前がわざわざ来たわけか?」
「馬鹿言え、俺がそんな雑用みたいな真似するわけないだろ?」
「じゃあなんだよ。まさか、脅しのつもりか? これ以上酷い目に遭わされたくなけりゃ『俺を選べ』って言うんじゃないだろうな」
「――だとしたら、見損なったぞ。岩片」誰もお前に助けてほしいなどと思っていない。なんなら、岩片に縋りつくくらいならばまだリンチでもされた方がマシだ。
舌先で棒を弄びながら岩片はこちらを見ていた。ただじっと、俺を。
分厚いレンズから目は見えないはずなのに、絡みついてくるやつの視線がただ鬱陶しかった。
「で? 用は済んだか? ……なら、俺はこれで――」
「見損なった、か」
そのまま岩片の視線から逃れようと背を向けたとき、頭の上からぱきり、と何かが落ちるような音とともに折れる音が聞こえた。
「お前のそれは意地か? 俺への反抗のつもりか? それとも、――」
「本心以外あるわけねえだろ」
まるで俺が我慢してるみたいな言い方がなによりも不快だった。俺はそれだけを吐き捨て、そのまま階段を離れた。
人を待ち伏せしてたくせに人を引き止めようともせず、ただ見てくるあいつの考えてることが分からない。
けれど唯一言えることは、岩片が望んでるのは俺が負けを認めることだけだ。泣いて、縋りついて来てほしくて堪らないんだろう。
あいつらしい考えだと思う。だからこそ、その分強固な反骨精神が俺の中で生まれた。
それに、と岩片の噛み砕いたキャンディーが頭の中に過ぎった。
もし、あいつの言葉通りに俺があいつの目の前でみっともないくらい恥かいて他の男に縋りついたらあいつはどんな顔をするのか。
――考えただけで気色悪いな。
思考を振り払う。別に、俺はあいつに縋りついてきてほしいわけではない。ただ、もう放っておいてほしいだけだ。
昇降口横、渡り廊下を使って学生寮へと向かおうとしたときだった。渡り廊下の通路を塞ぐように立っていた柄の悪い生徒たちが俺を見つけ、ニヤニヤと笑う。
――ああ、本当に、どうしてどいつもこいつも人の平穏を脅かすのだ。
頭の奥のどこかで血管がブチ切れるような音を聞こえる。
ゆっくり思案に耽る時間くらいくれ。そう訴えかける代わりに俺は殴りかかってきた生徒の拳を避け、そのままバランスを崩したその横っ面に思いっきり膝を叩き込んだ。
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