ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

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 穏便、平和、なるべく波風を立てず?平和的解決?  うるせえ、波風立ててんのはテメェらだろ。だったらお互い様だよな。俺は悪くねえよな。  ……エトセトラ。  腹の虫の居所は最悪だったが、体を動かしてぶん殴り多少の気分転換にはなったのかもしれない。そう思えば少しはましに……なんねえか、なんねえわ。  乱闘騒ぎに駆けつけた風紀委員たちに見つかる前にその場を逃げ出して学生寮へと戻ってきた俺だったが、行く先行く先やたらと目を付けられては適当に往なして学生寮内を駆け回ることになった。この調子では普通に部屋にも待機されてるだろう。  いつの日かのことを思い出す、あのときは五十嵐の世話になったが――今回はどうだろうか。  今回が能義だけではなく生徒会絡みとなると、このタイミングであいつのところに逃げ込むのは悪手な気がしてならない。  最悪、暫く学園内から逃げるという手もある。が、それだけはしたくなかった。  理由は単純だ、岩片に『逃げた』と思われたくなかったからだ。 「あんな風に偉そうに言った割に、随分コソコソと逃げ回ってるじゃないか」といわれたらどうにかなってしまいそうだ。  かと言って、このままじゃ一睡もできないのではないか。なんて思いながら学生寮内を逃げ回っていた矢先だった。  いきなり、向かい側の通路の奥から背の高い影が現れて驚いた。  ぶつかりそうになり、急ブレーキをかけたが一歩間に合わなかった。身構えたとき、「尾張?」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「……馬喰?」  そこに立っていたのは、銀髪の男だった。どうやら買い物帰りのようだ、布切れやらなんやらを詰め込まれた愛らしいエコバッグを両腕に抱えた馬喰は急に現れた俺を見てぎょっとした。 「お前、こんなところで何してんだ?」 「何って……まあ、散歩かな?」 「言ってる場合かよ、お前今他のやつらに追われてんじゃねえのか」 「なに、そんなに大袈裟なことなってんのか?」  少なくとも、普段から周りの揉め事に興味なさそうな馬喰が心配するレベルには。  辺りをキョロキョロと見渡した馬喰は「こっちに来い」とちょいちょいと肩を摘んできた。 「こっちって……」 「ここで見ったら厄介だ。……こっちだ」  お前だって見つかったら巻き込まれるぞ、と思ったが、正直そろそろ休みたかった俺は素直に馬喰の言葉に甘えることにした。  そして、馬喰に連れてこられたのは学生寮の物置部屋だった。本来ならば用務員が使ってるのだろうか、掃除道具や梯子などの備品が取り揃えられてる。……が、普段からは使われてないのだろう、大層埃っぽい。  この学園の現状から、ここは殆ど使われていないということはよくわかった。 「……馬喰、ここって」 「掃除用具入れ。昔いた用務員のおっちゃんに鍵貰ったんだ。『あとのことは頼む』って」  なんだか色々あったらしい。けれど、馬喰なら確かにちゃんと掃除しそうだし有効活用はしてくれるだろうが。いやそういう問題なのか。  乱雑に積み重ねられた大型ツールボックスを椅子代わりに腰を掛ける。馬喰は壁を背にし、もたれかかったまま「で、お前なにかしたのか?」とこちらに視線を投げかけた。 「残念ながらなんもしてねえよ」 「……だとは思ったけどよ。あいつらまじで懲りてねえんだな」  吐き捨てる馬喰の横顔を盗み見ながら、俺はいつの日か屋上の上から見た光景のことを思い出す。  確か、あのとき馬喰は寒椿といた。――まさか寒椿や岩片と繋がってるのではないか。  その疑念はまだ凝りのように残ったままだ。可能性が払拭できない以上、まだ安心するわけにはいかない。  が、そんな俺の心情など知ってか知らずか、馬喰は「災難だな、お前も」と同情の目を向けてくるのだ。 「なあ、なんで知ってるんだ? ……まさか、お前んところにもなんか来たのか?」 「ああ、『尾張元はどこだ』っつってな」 「……それは、悪かった」 「俺は問題ねえよ。けど、俺にまで来るってことは相当だろ?」 「だよなあ」 「……あいつは何してんだ?」  馬喰のいう『あいつ』が誰を指し示しているのか、薄々分かったが敢えて俺は「あいつ?」と惚けたフリをした。 「あいつだよ。……会長様様」 「……さあ」 「さあって。随分とお前のこと気に入ってた様子だっただろ。……まさか、あいつの差し金ってわけじゃあ」 「いや、それはない」  不思議とそれだけは断言できてしまうのだからおかしな話だと思う。少なくとも政岡にそんな器用な真似できないと思うし、もし今までの俺への態度が演技だとしたら今度こそ俺はもうなにも信じられなくなるだろう。 「じゃあ、あいつは今何やってんだ? お前がケツ追い回されてるってときによ」  ……言われてから、確かに政岡からの連絡が来ていないことに気付いた。  逃げることで夢中になっていたお陰で連絡に気付かなかったのかもしれない、と携帯端末を取り出す。……しかし、政岡からの連絡は入っていなかった。 「なんかきてたか?」 「いや、なにも」 「今すぐ連絡した方がいいんじゃねえか。もしかしたら気付いてねえかもしれないぞ。あいつ馬鹿だから」 「……そうだな」  なんだか胸の奥がざわつく。俺はなるべくそれを馬喰に悟られないように気をつけながらも、政岡に連絡した。  ――が、政岡が電話に出ることはなかった。
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