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「……出ねえ」
「そうか。ま、タイミングが悪かったのかもな」
「また時間おいて後で掛けてみるか」と馬喰に俺は「そうだな」と頷きながらも言葉にし難い違和感を覚えた。
別に毎回1コール以内に出ろというわけではないが、何があってもどんなときでもすぐに電話に飛びつきそうな男だ。
――そんな政岡が手を離せないほどの用事ってなんだ?
「尾張?」
「あ、わり。……なに?」
「……顔色悪いぞ」
余程顔に出てたのかもしれない。馬喰の優しさは身に染みるが、同時に取り繕うほどの余裕がなくなっているのだと指摘されてるみたいで少しだけ焦る。
……落ち着け、考えたところで仕方ない。悪いことばかりを考えるな。
「さっき走ったからかもな。ほら、俺あんま体力ねーから」
「……」
「……」
小粋な自虐ジョークも滑った挙げ句、ますます心配そうな顔をする馬喰の目が痛い。最悪だ。
「政岡のこと、気になるのか」
そして単刀直入に尋ねてくる馬喰。
色々鈍そうに見えてそういう機微は分かるのか。
「……そりゃ、まあな。あいつ、普段即レス野郎だったし」
「そうだったのか?」
「少なくとも俺んときはだけど。まあ、いちいち俺に構ってられない状況になってんのかもな」
少なくとも俺と政岡の関係には前提として生徒会のゲームがある。そのゲームが破綻し掛けている今なら、いつ政岡との関係が今まで通りではなくなってもおかしくはない。
そんな俺の言葉からなにか察したのだろう、馬喰はなんとなく言葉を探るようにキョロキョロと目を泳がせた。
そして、
「……お前、生徒会のやつらのゲームのこと知ってんのか」
馬喰の方からぶっ込んでくるとは思わなかっただけに、少しだけ驚いた。
まだ馬喰の立ち位置がどこか分からないが、どうせ生徒会の奴らにも気付かれているようなもんだ。「まあ、風の噂で」と適当に応えれば、「そうか」と深く馬喰は溜息を吐いた。
「っていうか、馬喰も知ってたんだな。……こーいうの、興味ねえのかと思ってた」
「興味はねえよ。つうか、どうでもよかったけど……この学園にいりゃそれなりに耳に入ってくるからな」
「恒例行事らしいもんな」
「娯楽がねえ田舎だとこれくらいしか楽しみがないんだってよ。馬鹿だろ、もっと他の趣味作れっての」
「はは、馬喰が言うと説得力があるな」
不器用ではあるが多趣味な馬喰が羨ましくなるが、他の連中が突然家庭的な趣味に目覚めたところで恐怖しか覚えないのでこのままでも良い気はするが。
ただ、他人を巻き込むなとは思うが。
「……知ってた上で、あいつとつるんでたのか?」
恐らくこの場合のあいつ――というのは。
「政岡のことか?」
「ああ」
「……んー、まあ。そうなんのかな」
少しだけ言葉に詰まって締まった自分に一番驚いた。
確かに最初から政岡の思惑は知っていたし、あいつからの好意も利用するつもりだった。なんなら今でもそのつもりだったのに、何故だろうか。その言葉を口にすると、しっくりこなかったのだ。
「尾張、お前って……」
そう、馬喰が何かを言いかけた時だった。手にしたままになっていた携帯端末が震え始めた。画面を確認すれば、五条から電話が掛かってきているではないか。
あいつ、こんなときになんだ。と思ったが、もしかすればこんな時だからかもしれない。
少し考えたあとおれは五条からの電話に出る。
「どうした?」
『おー出た出た、ってことは尾張はまだ大丈夫そうだな』
外にいるのだろうか、ガサガサとノイズ混じりに聞こえてきた五条の声は酷く聞き取りにくい。「なんだって?」と聞き返せば、「ああ、悪い悪い」と悪びれもなく五条は笑う。
『なあ、尾張。お前今ちょーっとやばい状況になってんの、気付いてる?』
「気付いてるも何も、わりとずっとこんな感じではあるけどな」
『はは! 確かにそれ言えてんな!』
なにが面白いのか、ケラケラと笑う五条に笑っている場合かとつい突っ込みそうになった。言い出したのは俺からだけど。しかもそんな面白いことも言ってねーし。
「おい……」
結局なんの用なのだ。冷やかしのつもりか?と聞き返そうとした時だった、手にしたスピーカー部分から『出てこい五条祭ィ!』という怒声が聞こえてきた。そして、ついでになにかガラスが割られる様な音も一緒に。
それは静観していた馬喰の耳にもしっかりと聞こえていたらしい。ただでさえ強面な馬喰の顔面は更に険しくなっていた。
「おい五条、お前今どこだ」
『体育館のキャットウォーク――』
そう五条の音声が遠くなったと思った次の瞬間、耳を塞ぎたくなるほどの大きな音が響く。思わず端末から耳を離した。
「五条? おい、大丈夫か?」
『……っを、降りたところ』
「……は?」
『あー俺は大丈夫。逃げ足には自信ありだから。けど、尾張。お前は絶対コッチくんなよ』
「なんだよ、こっちって」
『体育館』
そう五条が口にしたと同時に通話は一方的に切られた。
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