ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

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 恐らく、というか間違いなく俺が今からやろうとしていることは悪手でしかないという自覚はあった。 「おい、尾張。どこ行くつもりだよ」 「……」 「電話、なんだって?」  ――馬喰のことを信用してもいいのだろうか。  電話越しから聞こえていた声で、何やら揉めているということくらいは気付いてるだろう。 「……」 「尾張」 「ちょっと用事思い出したわ。じゃあな、馬喰。ここまで匿ってくれてどうもな」 「は? おい、尾張――」  呼び止める馬喰を残し、俺はその部屋を後にした。  お前のこと嫌いじゃねえけど、流石に今は悠長に状況説明してる時間が惜しかった。  ――五条のやつは何かを知って追われてる。そして、あいつが捕まると多分俺が不利益を被るような気がする。  さらに言えば、俺のこういう予感は大抵当てるのだ。  体育館、キャットウォーク。口の中で繰り返しながら、俺は駆け足で体育館へと向かった。  途中、生徒会の差し金らしき輩が絡んできたが、相手にするのも面倒だったので適当に撒いて俺は学生寮を後にする。  今日はよく走る日だ。走り込みは嫌いではないが、追手付きのオプションはいらねえな。  そんなことを考えながら、途中千切っては投げを繰り返しつつも辿り着いた体育館前。  表の扉の前には見るからに待ち伏せしているであろう厳つい生徒たちが壁のように並んでいた。  隠れる気も無さそうだ。これは、流石に別の入口を探した方が良さそうだ。  そう判断した俺は、人目を避けながら体育館の裏へと回ることにした。  体育館の中からは怒声罵声が外まで漏れ出ていた。俺の知ってる体育館の入口全てに見張りと待ち伏せがいたので、見た感じ一番手薄そうなところの見張りを締め上げ、気絶させる。 「わりーな。恨みはねえんだけど、暫く眠っててくれよな」  先輩か後輩か同級生かも分からねえけど、取り敢えず追い剥ぎよろしく暫くは動けないよう脱がせた服で縛り上げた。そのまま俺は体育館横の扉からホールの様子をそろりと伺う。  明るいホール内は酷い有様だった。どうやら揉めていた連中はどっかに行ったらしく、ホールの中には残骸だけが残っていた。  武器代わりに使ったらしい転がる備品たちと気絶した生徒たち。死屍累々、なんて言葉が過ぎった。  ……この感じ、なんか見たことあるな。  デジャヴ感に背筋を震わせつつ、俺はそのままホールへと足を踏み入れた。  連中はなにと揉めていたんだ。電話の感じからして五条は追われてたようだが、もうここにはいなさそうなのを見ると――まさか、捕まった?  逃げ足だけは早い男だ、それはないと思いたいが、案外あっさりと捕まる五条を度々目撃してきた身としては安心できない。  五条の言っていたキャットウォークをホールの方から確認する。時折聞こえてくる怒号はもしかして二階エリアの方からなのか。響く声にうっせーな、と思いながら、俺は二階への階段を探した。  が。 「おい、尾張元がいるぞ!」  ようやく階段を見つけたと思った矢先、背後から飛んできた声に思わず舌打ちが漏れそうになった。  不良Aの声に反応し、奥の会議室からぞろぞろと仲間たちが顔を出す。ぱっと見ただけでも十人以上はいそうなその集団に、逃げた方が早いと判断した俺はそのまま階段を駆け上がった。 「テメェ」だとか「逃がすな」だとか、犬のよあにキャンキャン吠えながら追いかけてくる連中。悪いが俺はわりと足腰には自信がある。  背後から追いかけてくる連中を尻目に、最後の階段を上がって二階までやってきたとき、目の前に人影が佇んでいることに気付いた。 「――あれぇ? 元君?」  甘ったるい、砂糖と蜂蜜ででろでろに溶かしたような舌ったらずな声。二階エリア入口、ベンチに腰を掛けてスマホを弄っていたそいつは俺の顔を見て「やほ~」と微笑んだ。 「神楽……なんでここに」 「なんでって、なんでだと思う? 俺としてはぁ、寧ろ元君の方が『なんで~?』って感じなんだけど」 「キモキモ変態眼鏡君に『来ちゃ駄目だ』って言われてたのに」ゆったりとした動作で立ち上がった神楽は目の前までゆっくりと歩いてくる。  そして、すぐ背後。「見つけたぞコラァ!」と風を切る音ともに何かが俺の頭目掛けて飛んできたと思った瞬間、そのまま神楽に抱き寄せられた。 「ほら、危ないよぉ~元君」  それも束の間。ハンカチで口を塞がれる。「お前」と神楽を睨んだが、指先から力が抜け落ちる方が早かった。肉体と心が強制的に乖離させられるような感覚だ。 「君って結構警戒心強い割に甘いころあるから、気を付けないと」  ぐらりと傾く視界の中、神楽の声がやけに耳に残っていた。
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