ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

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 ぐるぐると目の回るような感覚は、一言でいえば気持ち悪い。夢現の中、これは夢だという意識だけは奥底に眠っていた。  ……つうか、なんで眠ってんだ。俺。そうだ、体育館に行って、それから神楽と会った。  そこから先が記憶が曖昧だ。てか、この流れで眠ってんのは絶対まずいだろ。  そう、半ば無理矢理気合で眠気を振り払う。目を開けば辺りは真っ暗だった。  どこだ、ここ。  辺りを見渡そうとして、体の下に硬いマットのようなものが敷かれていることに気付いた。保健室のベッドとは違う、体育の授業で使われるようなマットだ。もっと調べようと体を起こそうとして肝心の腕が動かないことに気付いた。 「むぐ……っ」  体操座りの体勢のままがっちりと拘束された手足は身動ぎすらも許さない。そして猿轡かなにかを噛まされているらしい。口の中、棒状の異物が邪魔で、くぐもった声しか出すことが出来ない。  次第に目も暗さに慣れてきたようだ。辺りを見渡せば、どうやらここは体育倉庫みたいだ。乱雑に置かれた器具や転がるボール、積み重ねられたマットからそれはすぐ判断できた。そして俺は敷かれたマットの上に転がされていたようだ。  通りで寝苦しかったわけだ、などと言ってる場合ではない。なぜかしっとりしたマットの感触にただただ不快感を覚えつつ、体を捩り、なんとか拘束してくる紐が緩んでくれないだろうかと奮闘する。が、無駄に疲れるだけだった。  俺は神楽に捕まったのか?  正直、このタイミングで捕まってしまったからにはもっと最悪なことになってるのではないかとも思った。が、実際はどうだ。倉庫の中には見張りすら見当たらない。それどころか、神楽の姿も。  罠なのか。それとも、他に何か理由があるのか。  倉庫の奥、高い位置に取り付けられた窓枠の外は真っ暗だった。すっかり時間も経ってるらしい。  どうしたものか、と目を拵え、周りになにか拘束を外すことが出来そうなものが無いかと探していたときだ。  ふと、倉庫の外から声が聞こえてきた。 『会計の姿が先程から見当たらないのですが、貴方の仕業じゃないでしょうね』 『……知らねえよ。そもそも呼び出したのはあいつじゃなかったのか?』 『私に聞かないでください。……全く、やはりあの男に幹事を任せるべきではなかったですね』  ――能義と五十嵐だ。  その他にも複数の足音が聞こえたが、二人の話し声が聞こえた。  五十嵐一人ならば声を掛けようかとも思ったが、能義が一緒なのは厄介だ。俺を迎えに来たのか、と思ったが、二人の足音はそのまま倉庫の前を通り過ぎていく。  ……気付かれていない?  ということは、まじで神楽が俺をここに隠している、ということか?  目的がわからない分、対応にも迷った。  やがて、二人の声は聞こえなくなっていた。その後も通行人が何人かバタバタと足音を立てていたが、誰もこの倉庫を気にする者はいない。  取り敢えず、足の拘束だけでも外せれば扉を蹴破れそうなのだが。と、考えていたときだった。再び足音が近付いてきて、息を潜める。  カツリカツリと近付いてくる足音は、やがて倉庫の前で止まった。今度こそ呼吸を止めたとき、静かに扉が開くのだ。 「――あ、起きてたんだね~」  おはよ、元君。そう微笑みを浮かべたまま倉庫の中へと足を踏み入れた神楽は、後ろ手に扉を閉めた。そしてゆっくりとこちらへと歩みを進め、俺の目の前で屈む。 「む、ぐ……っ」 「あー、もしかして怒ってる? だよねえ、いきなり眠らせちゃったし、こんな風に縛ったまま放置しちゃってごめんなんだけどさ~俺もちょっと色々ごたついてたんだよねえ」  いいからせめて拘束か猿轡を外してくれ、と目の前の神楽を睨む。  俺の言いたいことが伝わったようだ、「悪いけど、もう少しそのままでいてほしいんだよね」と神楽は眉尻を垂れさせる。 「だってさぁ、元君怒ってるじゃん? 俺、元君に一体一で勝てる自信ないからさ、取り敢えず、そのまま話聞いてほしいんだよね」 「んむ……っ」 「うんうん、文句は後からたくさん聞くから。ね?」  どさくさに紛れて体を抱き起こされそうになり、咄嗟に神楽の手から逃げるように後退れば、「あれ、まだ動けるんだ」と神楽は目を丸くした。 「ま……いいや。そうだね、何から説明しようか。取り敢えず、俺は君に危害を加えるつもりはない……って言ったら、信じてもらえるかな?」  薬で眠らせ、倉庫に監禁された上でそれを信じるやつがいるのならば相当なお花畑か、周りの人間に恵まれて育ったやつくらいだろう。無言で睨む俺に、「だよねえ」と神楽はわざとらしく肩を竦める。そして、近くにあった競技用の台の上に腰をかけるのだ。 「言い方を変えようか。元君、君を見つけたらそのまま皆のところに連れてくるってルールだったんだよね」 「……」 「本当はこっそり君を連れ出すつもりだったんだけど、君を追っかけてきた馬鹿の中に口の軽~~い子がいたみたいでさ。仕方なく、パーティー開催のお知らせを生徒会の皆に伝えたんだけど……あ、パーティーってわかる?」 「皆で君を輪姦すパーティーのことだよ、元君」顎の下、するりと伸びてきた生白く華奢な指先に擽られ、背筋が震えた。 「俺はこのまま“君を取り逃がした”ってことにしてもいいと思ってる。もちろん、タダってわけにはいかないんだけどねえ」  間延びした緊張感のない声、普段と変わらない軽薄な態度に余計嫌なものを覚える。  細められた猫のような目は、じっとこちらの目の奥まで覗き込んでくるのだ。それを無言で睨み返せば、神楽は笑った。 「俺と付き合ってよ――なんて、そんなこと言ったってどうせ君はノーしか言わないからね。いい加減俺も学んできたんだ、君の弱いところ」  どういう意味だ、と言いかけたときだった。口を塞いでいた猿轡を外されたと思ったとき、そのまま神楽の指が口の中に入ってくる。  馬鹿なやつだ、この流れで俺に指を噛まれないと思ったのだろうか。と思った矢先だった、制服のポケットから何かを取り出した神楽はそのまま自分の口に放り込む。  なんだ、と目を拵えたときだ、そのまま覆いかぶさってきた神楽に唇を塞がれた。 「ん、む……っ!」  ぬるりと滑る舌が口の中に入ってくる。絡められる舌と舌の間、ごろりとなにかが俺の口の中に流し込まれたことに気付いた。なんだ、と慌てて吐き出そうとするが、顎を上に持ち上げられた状態ではそれを拒むことができなかった。舌伝いに流し込まれる唾液とともに喉を通り、腹の奥へと落ちていく錠剤に血の気が引く。  俺の喉がごくりと鳴るのを確認して、神楽はぷちゅ、と舌を引き抜いた。 「っ、ぉ、まえ」 「俺の趣味、君はよぉーく知ってるでしょぉ? 大丈夫だよ、今度はもっと強いやつだから」 「ワケ分かんなくなっちゃうくらい強いやつ」それで、皆に輪姦してもらうよりも先に俺と繋がっちゃおうよ、なんて悪びれもなく微笑む神楽に俺は怒りすら覚えなかった。
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