ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

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 頭の奥が熱い。脳が揺れる。立ち上がろうとしても汚泥に足を掬われ、沈んでいくような意識の中、遠くからなにか声が聞こえた。  良く聞こうと耳を澄ませるが、まるで分厚い膜に覆われたかのようにその会話の内容は聞き取れない。  そこで俺は自分が気絶していたことを思い出す。瞼越し、強烈な光が射し込む。そして、どこかから聞こえてくるモーター音。 「っ、ん、ぅ……」  なにかが、おかしい。  意識が覚醒するとともに腹の奥、何かが震動する感覚は鮮明になっていく。  無理矢理目を開いた矢先、差すような光に視界が眩んだ。そして。 「っは、……ぁ゛……?」  目を開いてまず目に入ったのは、満面の笑顔を携えた腹立つほどの色男の顔だった。 「おやおや、ようやく眠り姫のお目覚めですか。ぐっすりと眠れたようで何よりです、尾張さん」  そう、照明を背に俺を見下ろしていたやつは、言いながら俺の太腿を撫でる。そこで、俺は自分の下半身がとんでもないことになってることに気付いたのだ。  マットの上、転がされた体。なにもかも神楽に縛られたときと同じ状況だった。ただ違うのは、ケツの穴にずっぽりと刺さった異物だった。  目が痛くなるほどのドギツイピンクのそれは、俺が先程から感じていた違和感の正体なのだろう。腹の深くまで収まり、全身を小刻みに震わせては中を掻き回すバイブの存在に気付いた瞬間、眠っていた間に自分の体に何かをされたということだけはわかった。 「の、ぎ……っ、ぉ、お前……っんぅ゛」 「ああ、まだイカないで下さいね。せっかくのイベントなのです。貴方には頑張っていただけなければなりませんしね」 「なに、いって……ぇ゛……っ」 「ふふ、それにしても……随分と会計と仲良くしていたようではありませんか。せっかく貴方も楽しめるように私が直々にお相手するつもりでしたのに、全てがパァですよ」  言いながら、バイブのハンドル部分を掴んだ能義はそのまま前立腺を押し上げるようにバイブを動かす。  瞬間、「ぅくっ」と喉奥から声が漏れた。本気でなにかが出るのではないかと思ったが、おかしい。イキそうなのにイケなかった違和感に視線を下ろせば、なんということだろうか。眠ってる間に痛々しいくらいまで勃起してた亀頭にはプラグが刺さっていた。シリコン製のそれに射精を阻害されていたのだ。 「っ、ぅ、く、ひ……っ! な、なに、なにやってんだ、お前……っ! 勝手にぃ……っ!」 「相変わらず美しい肉体ですね。……ふふ、政岡には抱かれたんですか? あのときに比べると、幾分かここはすんなり玩具も受け入れれるようになっていたようですが」  人の話を無視し、能義は笑いながらバイブで人の体内を弄ぶ。ゆるく動かされるだけでも表面についた突起物の凹凸に刺激され、体内が焼けるように熱くなった。  まだ神楽に飲まされた妙な薬の効果があるのか、一往復だけで恐ろしいほど快感を得てしまい、下半身に熱が集まれば集まるほど行き場を失った熱がただただ苦しかった。  朦朧とした頭の中、辛うじてここがあの倉庫だということは認識した。 「……っ、ぬ、け……っ、こ、こんな真似して……」 「咥えて離さないのは貴方の方ですよ、尾張さん」 「っ、ひ、くぅ……っ」 「せっかくのパーティーです、楽しみましょう。――お互いに。……ねえ、岩片さん」  ――今、なんて言った。この男  俺の頭の方、その奥に目を向けて微笑む能義にただ全身から熱が抜け落ちる。そして、俺はその視線の先につられて目を向け、固まった。 「……そうだな」  あいつは、確かにそこにいた。ただ壁に背を向け、静かに佇んでは分厚いレンズ越しにこちらをじっと見ていた。  ――最悪だ。 「……っ、まっ、ぁ゛……ッ!」 「おっと……ふふ、急に活きがよくなってきましたね。岩片さんがいると分かってそんなに嬉しいのですか?」 「っ、ぅ、く……ッ! ち、が……ぁ……っ」 「おっと、そうでしょうか? ……ふふ、まあいいでしょう。どちらにせよ、“これ”は貴方が招いた結果なのですから。貴方が中々しぶといお陰でこんな強硬手段に出なければならなくなったんですよ」 「……ラブハメイチャイチャセックスを諦め、こんな真似に」そう、表面に浮かんだ凹凸部分で内臓を掻き回された瞬間、頭の中が真っ白になる。 「――ッ、ふ、ぅ゛……っ!」 「おっと、……ふふ、随分と今夜の貴方は活きがいいようですね。やはり、彼に見られながらというのは興奮しますか?」  嫌だ。見るな。やめろ。聞くな。  必死に顔を隠そうとするが、後ろ手に拘束された腕はびくともしない。  それどころか、目を逸らそうともせずにこちらを見下ろしてくる岩片の視線が絡みついてくる。むき出しになった下半身に、能義に押さえつけられた体に、恐らく酷いことになっているであろう俺の顔面に。 「っふ、ぅ゛、ぁ……っ、や、め゛ッ! ……っ、ぅ゛う……ッ!」 「おやおや、もう限界ですか。……仕方ない方ですねえ。……一回だけですからね」 「っ、く、ぅうう……っ!」  能義に尿道プラグを引き抜かれた瞬間、どぷ、と勢いのない精液が垂れ、腹を下半身を汚す。睾丸の奥が熱い。もう出るものもないと思っていたのに、全身の汗と体液で干からびてしまいそうだった。  休む隙もなく持続的に与えられ続ける快感にただ神経がすり減っていく。 「……っは、ふ……」  見るな、見るんじゃねえ。  焼けるようにヒリつく脳味噌の中、俺はただ目を瞑り現実から目を背けることしかできなかった。 「ん、……っ、ふふ、岩片さん、貴方は見てるだけでいいのですか? これ、貴方の愛犬ですよね?」 「――元、な」  いっそのこと、まだ完全に理性を失えた方がよかっただろう。  岩片の吐いた言葉は下手な刃物よりも鋭く、深く、俺の胸に突き刺さった。  そんな俺の反応を見て、能義はくつくつと肩を揺らして笑う。 「ああ、可哀想な尾張さん。……随分と冷たいではありませんか。それとも、やはり初物に拘りがあるのですか? 貴方も神楽も、随分な偏執狂ですね」 「……っ、ふ……」 「勘違いするなよ、有人。俺は別に処女厨じゃねえよ。……今のこいつに何したって意味ないだろ、って話だよ」 「ああ、そういう……加工物よりも天然物がいいということですか」 「っ、ふー……っ、ぅ゛、ん゛う……っ!」  突然ハンドルを握ったまま能義はぐぽ、と音を立ててバイブを引き抜いた。栓を失い、ぽっかりと開いた穴に指をねじ込み、そのまま能義は腫れ上がった内壁を内側から撫でる。 「……っふふ、処女も悪くはありませんが、やはり私はグズグズになって男に媚びることを覚え始めた穴が一番そそられますがね」 「っ、ふ、ぅ゛……っ!」 「おやおや、随分と物欲しそうに吸い付いてくるではありませんか、尾張さんのアナル。柔らかくてとろとろふわふわ……ああ、堪りませんね」 「ッ、ぅ、んん……っ! ふー……っ!」  言いながら、自分の下半身に手を伸ばし、ベルトを掴む能義に青ざめる。そのままベルトを外そうとする能義に、岩片は「おい」と声をかけた。 「有人、お前自分で決めたルールも守れねえのか?」  岩片の言葉に、「おっと、そうでしたね」と思い出したように能義はその右手を止める。  それから、手にしていたバイブを再び俺のケツの穴に押し当てた。 「っぁ、やめ、ぅ、んん……っ!」 「いけませんいけません。尾張さんがあまりにも愛らしいため、つい失念しておりました」 「っ、く、ひ……!」  ずぶ、と容赦なく中へと再び入ってくる異物に全身がぶるりと震えた。一人でに外れぬよう、ずっぽりと根本までねじ込んだ能義はそのまま愛おしそうに捲れ上がったケツの縁をなぞる。 「お楽しみはきちんと取っておかなければ……助かりましたよ、岩片さん」 「……っ、……」  舐めるような能義の視線がただ不愉快だった。俺の体から手を離し、パンパンに勃起させたまま立ち上がる能義。そのまま倉庫を後にしようとする能義に、「どこに行くんだ」と岩片は声をかけた。 「おっと、わざわざ聞かずとも同じ男ならば察していただきたいところですが……少々、お花でも詰んできますよ」  では、と振り返り微笑んだ能義に「ごゆっくり」と岩片は他人事のように呟いた。
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