ep.6 馬鹿も食わないラブロマンス

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「……ち、がう」  否定する声は宙に吸い込まれていく。そんな俺を見て、岩片は「くは」と小さく喉を鳴らして笑う。 「随分と声が小さいな、ハジメ。……なんだ、真っ赤になるほど嫌だったのか? 俺を好きだと認めるのが」 「っ……」 「先に言っておく。俺は別にこのパーティー自体止めるつもりはないから。お前の言うとおり、俺は卑怯者らしいからな」 「寧ろ、こんな最高の場所でお前が俺のこと大好きだって言わせられると思ったらゾクゾクすんだよ。……なあ、分かるか、ハジメ」この男は、どこまでも俺を失望させるのだ。  密着した下腹部が擦れ、制服の下、膨らんだ岩片の性器が押し付けられるのがただ不愉快だった。  分かっていた、分かっていたのに。そう思っていること自体がこいつの自意識を増長させてるだけというのが癪だった。  唇を噛み締め、顔を逸す。そんな俺を見下ろしたまま、岩片は笑った。猫のように目を細めて。 「零児のこと待ってんなら諦めろ。あいつにもこのイベントに参加してもらうつもりだ」  ――このタイミングで、よりによってあいつの名前を出すなんて。  ドクドクと高鳴る心音、「あいつに何をした」と声をあげようとしたとき、岩片の手に性器を弾かれ、声が震えた。まるで電気を流されたような刺激に、開いた毛穴から玉のような汗が吹き出し流れる。 「……っは、ぁ゛……ッ」 「俺の前で新しい男の心配か? 俺を煽るのも上手になったな、ハジメ」 「っ、ざ、けんな……っ、ぅ゛……っ! ひ、ふ……ッ!」 「まあ、精々楽しみに待ってろ。何でもかんでも先に教えちゃつまんねえだろ、お前も」  ベルトに手を掛けたまま、岩片は乾いた唇を舐める。下着の越し、その下がどうなってるのかなんて考えたくもない。直視したくなくて視線を反らせば、岩片はただ鼻を鳴らして笑った。  これは、俺にとって最後の抵抗のようなものだった。抵抗・反応するのが愛情の裏返しと言うのなら、無抵抗を貫く他ない。  そんな俺の態度に薄笑いを浮かべたまま、「素直なやつだな」と立ち上がる。  そのまま体育倉庫を後にしようとする岩片だったが、「ああ、そうだ」と思い出したように岩片はこちらを振り返った。 「決めるなら今の内だぞ、ハジメ」 「意地を張ったままアナルローズ目指したいんだったらここにいればいい」閉じた扉に手を掛けたまま、岩片は淡々とした口調で続ける。  聞き慣れない単語だったが、どうせろくでもない意味なのだろうというのは分かった。  正直なところ、文字通り手も足も出ない――詰みの状態だった。  思考も全部、なにもかも読まれてる。冷静さを失えば失うほどこいつの思うがまま。  どうすればこの男の思惑から外れることが出来るのか。模索して模索して――そして、たった一つだけ選択肢を見つけた。それは最早悪あがきに等しいものだ。 「……五十嵐を、呼んでくれ」 「へえ? 俺がわざわざお前の言うことを聞く義理はないよな、ハジメ」 「――あいつに告白する」  そう俺が声を上げたとき、扉の前、立った岩片とはこちらを見ていた。レンズの下、僅かにその目は見開かれる。 「……俺が相手をささっと選ばねえからだろ、こんなことなってんの。だったらもう、俺の負けでいい。あいつを呼べ」 「…………」 「おい、人の話――」  聞いてるのか、と岩片の方へと目を向けたとき、その表情から笑顔が消えていく瞬間を俺は見た。そして、ゆらりとこちらへと歩み寄ってくる岩片に冷や汗が滲む。 「――」  目の前までやってきた岩片。  殴られるのだろうか、それとも犯すつもりなのか。この際どっちでもいい、そう半ばヤケクソに目を瞑ったときだった。  ――自由は、いきなりやってきた。 「え……」  手足を縛っていた拘束を解かれる。鬱血し掛けていた指先に血が一気に流れ出した。  何が起きたのか一瞬理解に遅れた。俺の手足を縛っていた拘束具を手にした岩片はそれを倉庫の片隅へと放り捨てる。そして、残った拘束も全て解いていくのだ。 「お前、なにして……っ」  るんだ、と言いかけた矢先のことだった。いきなりガラリと体育倉庫の扉が開いたと思えば、生徒会庶務の双子の片方が立っていた。  そしてマットの上、岩片の下で拘束を解かれていた俺に気付いたようだ。 「って、あーー! おいもじゃもじゃっ! なにやってんだよ!」 「いいところに来たな、結愛」 「乃愛だしっ!」 「ルール変更だってあの馬鹿どもに伝えておけ」  俺の言葉も無視し、袖を捲り腕時計を確認する岩片はそのまま乃愛を振り返った。 「このあと15分後の21時より、『ターゲット』を見つけ、捕まえたプレイヤーが一週間『ターゲット』を好きにできる。……ああ、なにやっても文句なしにな」  それは、あのときと同じように唐突な宣言だった。  無論、いきなりそんな唐突なルール変更を求めてきた岩片に乃愛も俺もただ狼狽えるしかなかった。 「は、ちょ……」 「おいおい、いいのかハジメ。このまま俺に捕まりたいならずうっとここにいたらいい。――そうじゃなくて、本気で五十嵐を探したいならさっさと行けよ」 「その場合、あいつに一週間好き放題にされるんだぞ? あの鉄仮面男が何日までもつか見物だよなあ」――ああ、と瞬時に理解した。この男がどういう意図で俺を逃し、そしてルール変更を求めてきたのか。 「それとも、零児を助けに行くか? ……あいつがそこまで利口なわんちゃんとは思えねえけどな」  俺から、味方を取り上げるためだ。 「こ、のやろ……ッ」  ぶん殴ってやりたかったが、今はただ一分一秒すら惜しい。最悪の展開だが、このまま大人しくレイプショーを待つほど俺は愚かではない。はずだ。バイブを引き抜く暇も惜しかった。  数時間も無茶な体勢で犯された体に鞭を打ち、立ち上がった俺は、栓をされた腹の奥に嫌な感覚を覚えた。 「……ッ」 「って、こら……なに勝手な真似して……ぐえ!」  案の定逃げ出そうとした俺の前に立ち塞がる乃愛だったが、そんな乃愛を岩片は羽交い締めにする。さっさと行けよ、そう向けられる目がただただ不愉快だった。  ありがとうと礼をいうのも変だ。この状況の一端には確かにこいつがいるのだから。  俺は岩片の脇を通り抜け、そのまま体育倉庫を抜け出した。真っ暗な廊下の奥、ただ振り返らずにその場を駆け出す。 「あんたのご主人様にも一言入れた方がいいんじゃねえか、結愛」 「だから乃愛だし……っ! ああもうっ! 力強すぎんだろ……! 待て、逃げるなー! もが……っ!」  鬼ごっこと呼ぶにはあまりにも悪趣味極まりないが、この男らしいといえばそうだ。そんな悪趣味に興じる岩片渚沙という男を、俺はずっと側で見てきた。レイプショーも、乱交パーティーも、調教デートも娯楽の一つとして嗜むこいつを。  だから俺は麻痺していた。他人を蹂躙することが如何に人道から外れているということを。  “ここ”に立って改めて俺は岩片渚沙という男と向き合うことによって、思い知らされることとなったのだ。  ――それも、最悪の形で。 「逃げろよ、ハジメ。挑発したのはお前だぞ、精々俺を楽しませてくれよな。俺をもっと夢中にさせてくれ。……お前以外考えられなくなるくらい、俺の心を深く傷つけて心臓ごと掻き乱してみせろよ、ハジメ」  第六章【馬鹿も食わないラブロマンス】END
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