final ep.I 馬鹿ばっか

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「……っ、よし」  目の前で伸びた二人組を見下ろし、俺はシャツのボタンを留める。  流石に下着を拝借する気分ではなかったのでノーパンになってしまうのは致し方ない。気持ち悪いし違和感はあるが、少しの辛抱だ。  取り敢えず馬喰と岡部の部屋へと向かおう。  先程よりも騒がしくなり始めた体育館から逃げるように俺は学生寮へと向かった。  どうやら、岩片の思いつきの鬼ごっこについて既に他の連中に知れ渡った頃合いのようだ。学生寮へと戻ってくる最中、大声で人の名前を呼んでる連中を数人見かけた。  その都度俺は逃げ隠れし、なんとか撒いてきたが……。  ――学生寮二階、馬喰たちの部屋の前。  既に二階全体には追っ手が回っていた。どこを見てもどこへ逃げても挟み撃ちにされ兼ねない。なんとか近くの倉庫に逃げ込んだものの、下手すりゃ袋叩きだ。  そして、多分俺が馬喰たちを頼ろうとしてることも筒抜けってことか。あいつらが面倒なことになってなければいいが、他人の心配してる場合でもなさそうだ。  倉庫の傍を通っていた足音が聞こえなくなるのを見計らい、部屋を後にした。  馬喰の部屋に行くこともできない。  このまま、逃げ回ることしかできないのか。  ただでさえ体力が削られている状態だ。どこかで十分な休息を取ることができれば、正直逃げ切る自信もあった。けれど、今は休める場所すらなさそうだ。  ――他に、頼れそうなやつ。  生徒会が絡んでなくて。 「……」  野辺の顔が浮かぶ。それからすぐ、寒椿の満面の笑みも。  野辺は生徒会と仲良くすることはまずないだろうが、寒椿は信用できない。それに、野辺に関しても生徒会はともかく岩片が絡むと話が変わる。  事情が分かってて、尚かつ俺の味方になってくれるやつ。生徒会とも岩片とも深く繋がってなくて、完全な中庸。そんなやつがどこに――。 「……」  ……いた。たった一人だけ、思い当たる男がいた。  そして、俺が助けを求めれば、「仕方ねえな」と言いながらも受け入れてくれて、多少の迷惑くらいには慣れてそうなやつが。  俺は学生寮から踵を返す。そして、ほぼ人気のない校舎へと歩みを進める。  普段この学校の生徒ならば自ら近付こうとしない場所――職員室へと向かったのだ。  既に授業の全行程は終わってる。校内に残ってる人間は俺を探してるような暇人くらいしかいない。……それと、明日の授業の準備やら自分の生徒のケツ拭いに追われてる教師くらいか。  ――校舎内、職員室前。  案の定他と比べ手薄になってる廊下を通り抜け、俺は目の前の扉を見上げた。  既に消灯時間はすぎてる。しかし、摺りガラスの奥からはぼんやりとした明かりが見えた。まだ誰かが残ってる証拠だ。  それが誰なのか判断つかないが、俺はあわよくば文句を言いつつも仕事はするあの教師のことを考えながら扉を開こうとしたときだった。  いきなり目の前の扉が開いた。  そして、 「うお、びっくりしたー……」 「……雅己ちゃん」 「って、尾張か? ……どうした? こんなところで、消灯時間は過ぎてんぞ」 「テストの内容なら教えてやらないからな」なんて冗談めかしたことを口にしては笑う宮藤に、俺は脱力しそうになった。  本来ならば蚊帳の外である人間だ、まだ何も知らないのだろう。それならば好都合だ。 「……、宮藤先生」 「ん? ……おい、どうした?」 「……相談があるんですけど」 「相談?」 「今後のことについて、大事な相談が」  俺の言葉をどこまで本気で取られているのかも分からない。それでも、宮藤ならば自分の生徒の頼みを断らないはずだ。  ちらりと見上げれば、宮藤は何かを考えてるようだ。 「相談は別にいいけど、時間がな……今日のがいいか?」 「今すぐじゃなきゃ嫌だって言ったら?」 「……なんか企んでるだろ」  図星である。流石雅己ちゃんだ。危機管理能力はやはり高い。  疑われることは承知の上だったし、賭けでもあった。それでも、大人しく帰るつもりはなかった。 「……駄目ですか?」  そう、宮藤のスーツの裾を引っ張る。助けてほしい、と喉まで出かかったが、飲み込んだ。下手に面倒事に巻き込まれると宮藤に思わせたくなかったからだ。  宮藤は「あー、わかったわかった」と降参したように手を上げる。 「……その代わり、俺の部屋でいいか? もう鍵かけちまったから、生徒指導室」 「先生が言うならどこでも」 「甘えるときだけは可愛げあるんだな、お前」  そんな風に思われるとは光栄だ。可愛げはないよりある方が役に立つからな。  思いながら、俺は「ありがとうございます」とだけ笑い返した。ちゃんと笑えているかどうかは不明だ。
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