final ep.I 馬鹿ばっか

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 教師寮は、学生寮からは少し離れた校舎の傍にあった。宮藤曰く、生徒とは違い希望者のみ部屋を借りれるらしい。  こじんまりとしてはいるが、荒れ果てた生徒寮を見慣れているおかげが大分内装も綺麗に見える。  階段を登ってやってきたその先、ぽつぽつと扉が並ぶ通路。その奥までやってきた宮藤は「ここだ」と足を止めた。それから取り出した鍵で扉を開いた。 「なんのおもてなしもできねえけど、まあ上がれよ」  お言葉に甘えて俺は宮藤の部屋へとお邪魔することとなる。  俺たちのように相部屋ではないからか、そんなに広くは感じなかったが一人部屋ならばまあいい感じの広さだ。 「へえ、ここが独身男性教師の部屋か」 「その言い方やめろよ、生々しいな」 「いや、結構片付いてんなって思ってさ」 「こんな環境じゃ一々部屋の中のもんまで揃えねえからな」 「なるほど」と頷いた。あくまでも一時的な宿舎扱いなのだろう。宮藤の部屋というよりも、教師の部屋ってイメージはある。というかちゃんと教師だったんだな、なんて本棚に並んだ教員向けの本を眺めてると「そこまで観察すんなよ」と何故か照れた宮藤に首根っこを掴まれて本棚から離れさせられた。 「んで、そんな独身男性教師の部屋に押しかけてまでの話ってのは?」  単刀直入である。  スーツの上着をハンガーに掛けながら、宮藤はこちらを見た。  ローテーブルの側にあった座椅子に腰をかけ、俺は少しだけ考える素振りを見せる。  「ああ、授業でわかんねえところあって」 「尾張」 「そういうのいいから。ちゃんと話してみ」ハンガーラックに上着をかけ、宮藤はこちらを振り返るのだ。まるで教師のような口振りで。  こういうところ、大人ってずるいよな。と思う。 「……正直な話、言いたくねえって言ったら?」 「なんでだよ」 「雅己ちゃん、面倒臭がるだろ」  それは本心だった。小さく呟けばあー……はいはい、なるほどね」なんて、一人納得したような口振りで呟くのだ。 「やっぱ“そっち”関連なわけ?」 「ほら」 「今のは別に面倒臭がらねえよ。……お前がわざわざ頼ってくるほどだからな。その言い方だと、匿ってほしいとかそんなところだろ」 「……もしかして、もう知ってんの?」 「知らねえよ。けど、大体想像つく。腐ってもここの教員ですから」  それは確かに。なんなら俺よりもこの学園にいるのだからあのゲームの結末だって知ってるのかもしれないし。  当たり前のことなのに、今の今まで考えてこなかった。一つのことに頭がいっぱいになると周りが見えなくなる、それは欠点だと自分でも分かっていたが――この有り様だ。 「なんで凹んでんだよ」 「やっぱ敵わねえなって、先生には」 「見直したか?」  最初から見下していたわけではない、と言い切れないだけに微妙な気分ではあるが、取り敢えず「まあまあ」とだけ返しておく。  それから、向かい側のソファーに腰をかける宮藤に体を向けた。そのまま頭をさげれば、頭の上から「おい」と宮藤の驚いたような声が聞こえてきた。 「……利用するような真似したのは悪いけど、先生以外に頼れるやつがいねえんだよ。お願いだから、その……」 「誰が駄目なんて言ったよ」 「……雅己ちゃん」 「好きなだけいたらいい、こんななんもねえ部屋でよかったらな」 「なんで」 「なんでって、お前が言ったんだろ。匿ってほしいって」  言いながら煙草を取り出そうとした宮藤は、俺がいることを思い出したらしい。あ、と呟きそれを再びしまう。 「けど、巻き込まれるの嫌じゃねえの」 「言ってんだろ、そんなに嫌だってんならとっくにこんなボロ学校辞めてやってるって」  確かに、と妙に納得してしまう自分がいた。  しかもこんな場所だ。俺だったらいくら給料がよくても即座に転職を考えるだろう。  なるほど、と頷けば、こちらをじっと見ていた宮藤と目があった。宮藤は少しだけ気恥ずかしそうに目を反らし、「あー」と言葉を探す。 「それに、俺、結構お前に先生って呼ばれるの好きみたいだわ」 「……雅己ちゃん」 「それ、わざとか?」 「嘘だって。……先生、ありがとな」 「なんか今、初めて俺教師してんだって気になったかも」  それはそれでどうかと思うが、余程教師扱いに飢えていたらしい。じーんと感動してる宮藤。  そんなとき、教師寮の外からなにやらガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。それに気付いた宮藤は立ち上がり、壁にかかったカーテンを開く。俺はそこから見えた窓の外を見て息を飲んだ。 「ここの教員寮と生徒寮がなんでわざわざ別に作られてるか知ってるか」 「……なんで?」 「馬鹿が入って暴れ回んねえよう、セキュリティがしっかりしてんだよな」  本来ならば窓の外からは綺麗な星星が見えるはずなのだろうが、窓の外にはしっかりとシャッターが降りていた。それに続いて、部屋からなにやら警報が鳴り響き始める。  今度はなんなのだ、と思わず身構えれば、「あーあ」と宮藤は面倒臭そうに、それでもどこか他人事のように笑った。 「誰かドアぶっ壊そうとしやがったな。警察来んぞ~これ」 「こういうの、よくあんのか?」 「テスト期間や受験シーズンになると雀の涙みてえな内申点のために教師脅すやつが出てくんだよ、それから新しく作られたんだとよ」 「治安どうなってんだよ」 「それも、ここ数年はあいつらのお陰で大人しくあったんだけどな。ここ最近はまた喧しくなってんな」  あいつら……生徒会のこととか。その原因でもある分、なんだか微妙ではあるが。  そんな俺の気持ちとは裏腹に、工藤はへらりと微笑みかけてきた。 「ま、どうせ暫くすりゃ静かになるからお前も寛げよ」
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