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寛げよ、と言われても。
宮藤の部屋にて。
外からはサイレンの音まで聞こえてくる。こんなに騒がしい夜もなかなかないだろう。そんな様子にももう慣れたという顔でさっさと着替えて寛ぎモードに入っていた宮藤だったが、部屋の角から動かない俺を見て気まずそうに声をかけてきた。
「……なあ、尾張」
「なに?」
「風呂、入りたかったら入っていいからな」
「…………」
何故か小声になる宮藤に、俺はそのまま固まった。
そして、すん、と自分の匂いを嗅ぎ、再び凍り付く。
「……俺、臭かった?」
「あー、ちげえよ。そんなんじゃなくて、ほら、汗とか流したいだろ?」
とか。
先程からやけに宮藤が気を回してくる理由は“これ”だったか。
自分では大丈夫ではないかと思っていたが、宮藤に精液の匂いがバレたことがなによりも屈辱だった。顔に熱が集まる。
「……雅己ちゃん、デリカシーなさすぎ」
「わ、悪かった。今のは先生が悪かったな? どこまで言っていいのかわかんねーんだよ、こういうの。お前、図太そうに見えて案外繊細だし」
なんならその発言もデリカシーねえ。
けど、宮藤には既に襲われかけてたところを見られてるのだからなんとも言えない。
なんならシャワーを借りれるのは素直にありがたい。けど、バレてないと思ってしらを切ってた分余計居た堪れなくなる。
「……シャワー借りる」
「おう。……あ、下着の替えはあるのか?」
「…………ない」
なんなら下着ごとない。
体操座りをしたままちらりと宮藤を見れば、「了解」と困ったように笑う。
「飯買い忘れたからついでに下着も買って来てやろうか」
「……ん」
「……一人で風呂入れるか?」
「先生、それセクハラっすよ」
「し、心配してやったんだろ? はー……思春期って難しいわ」
言いながら「勝手にタオルとか使っていいから」と玄関から出ていく宮藤。生徒一人を残して出かけるのは些か不用心な気もするが、それだけ信用はされているのだと思うと悪い気はしなかった。
でもまあ、確かに変に気を使われるよりかはこっちのが楽だし助かるのも事実だ。こちらも取り繕う必要はないのだから。
お言葉に甘え、俺は宮藤の部屋のシャワーを借りることにした。
そりゃ、あんだけ犯されたら臭えわな。宮藤もなにかあったなと気付くか。
なるべく鏡を視界に入れないよう、そのまま脱いだ俺はシャワーを浴びることにした。
これからどうするのか、どうなるのか。
考えたところで何も思い浮かばない。脳までも疲弊しきってるのもあるだろうが、まるで自分がどこにいるのかも見失ってしまいそうになるのだ。
結局雑念が拭えぬままシャワーを終える。長風呂ならぬ長シャワーをしてしまっていたらしく、帰ってきた宮藤はシャワールームの外から『下着、扉んとこ置いとくからな』と声をかけてきた。
俺は「あざす」とだけ返し、宮藤が洗面室からいなくなったのを確認してシャワールームを出た。それから無難な無地の新品下着に着替え、さっきよりは大分さっぱりした気分のまま部屋へと戻る。
そこにはカップ麺を食ってる宮藤がいた。「尾張も食うか?」と聞かれたが、首を横に振る。流石に食欲はなかった。なんなら、今あまり固形物を口に入れたくないまである。
「シャワー……と、パンツ、どうも」
「おう」
「……」
「……」
シャワー浴びたせいで腑抜けてしまったらしい。言葉が出ないまま、俺は宮藤の隣に腰を下ろした。
「……雅己ちゃん、外大丈夫だった?」
「俺はな。てか、お前大分探されてたぞ」
「まあ、そうだよな」
「俺が言うのもなんだが、お前、これからどうするか考えてるのか?」
「……ホント、それ教師がいうセリフじゃねえって」
「だよな、自分で言ってて引いたわ」
「けど、無責任なこと言えねえもんな。警察に逃げ込んで終わりならそれが一番速えんだけど」ずぞ、と麺を啜る宮藤。
「生憎今の生徒会に実家が太いやつがいてな、警察に逃げ込んでも揉み消すようなやつがいるんだよ」
「そいつの名前、『の』と『ぎ』が入ってないか?」
「なんだ、知ってたのか?」
「学校に黒服連れ込んでたやつなんて一人しかいないからな」
どうせ最初から外部は期待していない。けれど、それを改めて第三者の、しかも教員である宮藤から突き付けられると少しクるものがある。
……いや待て、もう一人いるな。黒くてもさもさしたやつ。厄介すぎんだろ。
「……なあ尾張、お前はこのイベント終わらせるつもりはないのか?」
「終わらせるって……」
「『告白したらゲームセット』、だったか? 適当なやつでもいいから見つけてみたらどうだ」
俺は宮藤の言葉に驚いた。そこまで知ってるのかと。そこまで学園内に普及してんのか、このクソゲームは。
固まる俺から何か察したらしい、宮藤は「あー、そっか、言ってなかったか?」と汁まで飲み干したカップをテーブルに置いた。
「俺、ここの卒業生なんだよ」
いや全然初耳だが。
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