final ep.I 馬鹿ばっか

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「いや、卒業生って……」 「まあ、そういうこと。……だからまあ、お前には多少同情してんだよな」 「…………」  いや多少かよ、とかそんなツッコミするのも忘れていた。  そこはちゃんとしっかり同情しろと言いたかったが、いやもうこの際そんな些細なことはどうでもいい。 「初めて知った」 「俺も、生徒相手に初めて言った」 「……教師としてそれでいいんすか」 「ちゃんとしっかり生徒を守れって? いや、耳がいってえな……」 「雅己ちゃん責めてもしかねえけど、けど、……だから俺を匿ってくれてんの?」 「まあそれもあるけど、さっき言ったのも嘘じゃねえよ。……それに、今のお前はよっぽど切羽詰まってるみてーだったから」  正直すぎるのも悪ではあるな。けど、下手によしよし慰められるよりかは丁度よくもある。「まあそれなりに」と呟けば、宮藤は「だよなぁ」と胡座を掻く。 「そういや政岡とはどうなんだ? お前ら、結構仲良かっただろ」 「……いや、よくはねーけど」 「あ、……地雷だった?」 「まじデリカシーねえわ、雅己ちゃん」 「は、はは……男子高生むっず」  買い出しついでに買ってきたらしい酒缶の取り出す宮藤。その発泡音に顔をあげれば、「尾張のはないからな」と宮藤は続ける。そこだけは教師ぶるのな。 「……先生、人生のお悩み相談いいっすか」 「おお、どうぞ」 「俺は負けたくねえし、あいつらの言いなりになりたくもねえ。この場合どうしたらいい?」 「ああ……そりゃあ、大分難儀だな」 「やっぱ?」 「ああ、一番手っ取り早いのは全員シメ……仲良くするのがはえーけど、今年度はヤンチャなやつらが揃ってるからな」  知ってる。ヤンチャってか、馬鹿ばっかだけど。  テーブルに突っ伏せば、「ま、これやるから元気出せ」とつまみで買ってきたらしいサラミを俺の前にお供えする宮藤。  飯は要らねえと言ったのに。よりによって見たくもねえ棒状の肉の塊をじろ、と見れば、察したらしい。「……ってのは冗談で、お前はこっちな」とチーズと取り替える宮藤。 「……ども」 「ジュースは飲むか? ……気の抜けたコーラならあるけど」 「いや、いい」  これだけで、と剝いたチーズの塊を齧る。迂闊だった。発酵したチーズの味が嫌な生臭さを連想させてしまう。……いや、考えるな。感じる前に食え。 「シメるって言ったって……一人じゃ無理だ」 「お前が弱気になってるなんてよっぽどだな」 「俺、そんなに自信家に見えました?」 「ああ、転校してきたばっかのときとかギラギラしてたよ、お前」  言いながら剥いたサラミを齧る宮藤から目を反らす。  ――転校初日。  数ヶ月しか経っていないというのに、もう大分遠い昔のことのようにすら感じた。  確かあの時は新しい環境、それも不良の溜り場だと聞いて気を引き締めていた。それも、あいつがいたからだ。  あいつが無茶言い出すから頑張らねえとって気を張って――、それをギラついてたように宮藤の目に映ってたのか。  嬉しくはない、寧ろ複雑だ。つまり今の俺は。 「腑抜けたって?」 「そうは言ってねえよ。萎れてはいるけどな」 「丸くなったって言ってほしいけど」 「そう言えたらよかったけど、言ってんだろ? 今のお前は危なっかしくてほっとけねえんだって」 「……雅己ちゃん」 「ん?」 「――」  じゃあ、助けてくれよ。  酒を手にした宮藤の腕を掴み、そんな言葉が喉元まで出かけたとき。俺は言葉ごと息を飲んだ。……あっぶねえ、これが雅己ちゃんが言ってた危なっかしさってやつか。 「どうした、尾張……」 「あいつらを全員シメるにはどうしたらいいと思う?」 「……本気か?」 「先生が言ったんだろ」 「ああ、そうだな。……けど、教師の立場からしてみりゃ『喧嘩は程々に』だな」 「じゃあ、喧嘩以外の方法じゃ?」 「まあ、色々あるだろ。弱みを握る。交渉する。本人が駄目なら外堀を埋めるって手もある。結局『こんなゲームやめてやる』と思わせるのが一番いいが……現実的な話、まあ簡単じゃないだろうがな」 「……なるほどな」 「けど、待てよ尾張。お前は本当にそれでいいのか?」 「……いいって、なにが?」 「ゲームを終わらせるっていうのがお前の本当の望みなのか?」  まるで教師みたいなことを言う宮藤に俺は少しだけ考えた。  ――俺の本当の望み?  ――望みって、なんだ。 「お前が負けん気が強いのは分かるけど、意固地になってんじゃねえのかって話だ。……俺だって万能じゃねえ、危険な目に遭ってからじゃ遅いんだぞ」 「は、なんだ雅己ちゃん。俺のこと助けてくれるつもりだったんだ?」 「できる限りはな」  そこは「当たり前だ、大切な生徒だぞ」と胸を張ってほしいところだったが、宮藤らしくはある。 「確かに雅己ちゃんの言う通り、俺は大分、自分で思ってたよりも単細胞らしいからさ。……雅己ちゃんと話せてよかったと思ってる。感謝してるよ」 「尾張」 「ダメ元でも人を頼るってのは案外大事らしいな。自分では考えつかなかったようなことにも気付ける」 「……お前、今気づいたのか?」 「ああ、実はな」  全てを一人ですると考えると、今の俺では圧倒的に不利になることは間違いない。かと言って、周りのやつらなんて誰も信用できねえと思っていた。つか、なんなら今でも思ってる。  けれど、わざわざ心から信用する必要なんてなかった。  俺は知っていたはずだ、元々俺とあいつの間にも信頼関係なんて存在しなかった。あるのは歪な契約だけだ。  うし、と両頬を叩けば、「今度はどうした?」と宮藤はぎょっとした。 「先生、お願いがあるんだけど」 「テストの範囲を教えろ、とか言うわけじゃねえよな。……一応聞いといてやるよ」 「野辺鴻志をここに呼んでくれ」 「え……なんで」 「先生が言ったんだろ。困ったときは人を頼れって」  あいつらは信用できねえけど、生徒会に対する利害とこのゲームを潰したいという気持ちは同じだ。そこに寒椿が居ようがこの際どうでもいい。なんなら、あの内通者を利用してその向こうにいるあの男を挑発してやるのも悪くないかもしれない。 「尾張……喧嘩は駄目だからな」 「分かってるよ。それに、俺は元々平和主義なんだ」  喧嘩はしない。が、最初に荒業ふっかけてきたのは向こうだ。  ならば、多少やり返すのも許されてもいいはずだろ?
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