final ep.I 馬鹿ばっか

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 ――教師寮、宮藤の部屋。 「それで、こんなところに人を呼び出しておいて一体なんのつもりだ?」  部屋の主よりもどっしりと床の上にふんぞり返る野辺。そして、「部屋が一気に狭くなったな」と零す宮藤。確かにそれは言えている。 「それに、何故お前がここにいる。尾張元。まさか貴様教師相手に――」 「言っておくが、委員長様が期待するようなことはなんもねえからな」  幸い、野辺は教師寮前で起きた騒ぎの収拾のためにやってきていた。そのお陰でスムーズにここまで来てもらえることになったのだが。 「ふん、どうだか」と相変わらずこの眼鏡は俺をなんだと思ってるのか。いや、知りたくもないが。 「だとしても、生徒会との隠れんぼのため教師を隠れ蓑にするやり方は……軽率でもあるが、灯台下暗しというやつだな。悪くはない」 「なんだ、お前も知ってるのか。あいつらとのゲームのこと」 「外で騒いでいた馬鹿がご丁寧に教えてくれた。生徒会のやつらにお前を差し出せば好きにできる権利をもらえると」 「ああ、そう――」  ん?いやなんか悪化してないか? 「尾張、お前そんなことになってたのか……」 「いや違う、流石にそこまで酷くはなかったはずだ」 「む、なんだ違うのか? ということはあの猿は虚言振りまいて俺を騙しやがったというわけか」 「いやまあ、ニュアンス的には間違ってはないから。……今、俺は生徒会のやつらと接すると都合が悪い状況であるのは間違いないんだ」  宮藤に呼び出してもらったのは野辺鴻志ただ一人だ。顧問ということもあり、すんなり繋いでもらったわけだが問題はここからだ。  以前寒椿の件で野辺とは噛み合わなかったわけだが(いやそれ以前に何もかも噛み合わずにはいたが)、今回は一旦その件を置いておく必要があった。  何よりも野辺の協力――いや、風紀委員の協力が必要だったからだ。 「野辺、単刀直入にいう。……俺に協力してほしい」  そう頭を下げれば、「おい、尾張」と宮藤を見る。宮藤の言いたいこともわかる、部屋で問題を起こすなという顔だ。しかし、宮藤がいるからこそスムーズに進むものもあるのだ。 「……貴様は寒椿を裏切り者だと言っていたな」 「ああ」 「なら、俺も連中と繋がってるとは思わないのか?」 「思わない」 「理由を述べろ」 「お前は嘘を吐かないからな」  そもそも、そこまで器用なやつならばもっとこの学園でもこんなに敵を作らずに立ち回れるはずだ。というのは言わないでおこう。  相変わらず眉間に深い皺を刻んだまま、やつは正座する俺をじとりと睨む。  そして、 「……ふん」  ……あ、満更でもなさそうだ。 「それにアンタは正義感だけは強い」 「……だけとはなんだ?」  ぴくりと野辺のコメカミがひくつく。 「も、強い」と慌てて付け足せば、再び目を瞑った野辺は「…………ふん」と鼻を鳴らした。いや許すのかよ。分かりやすくて助かるが。 「正直、俺の状況はまずい。アンタの力が借りたいんだ」 「あの猿はどうした」 「政岡なら連絡がつかない。……多分、生徒会の連中に捕まってる」 「肝心なときに役に立たないな、あの性欲ゴリラは」 「野辺……」 「言っておくが、寒椿を信用できないと言い出したのは貴様の方だぞ? 尾張元。そんな信用ならんやつを近い場所に置いている俺のことを信用できるのか」  珍しく野辺がまともなことを言っているが、もっともな質問でもある。野辺からしてみればコロコロ意見を変える信用ならんやつはまさしく俺だろうしな。  けれど、と俺は制服の袖を捲る。  そして、手首にくっきりと残った拘束の跡を野辺と宮藤の前に晒すのだ。それを見た瞬間、二人の表情が変わる。 「尾張、お前それ……」 「ついさっきまで俺はあいつらに監禁されていた。……そんで逃げ出してきた、というよりもゲームのために逃がしてもらったといった方が早い」 「……」 「寒椿のことは勿論まだ正直疑ってる。けれど、俺も手段を選べる状況じゃないんだ」  野辺との間に交渉は無意味に等しい。  恥ではあったが、実際に相手の目に見せつけるという方法はこの単細胞の男には最も効くだろう。宮藤にまで見せることになったのは恥だが、こういうときは教師がいる方が『現実味が増す』。 「……、ふー……」  暫しの沈黙の末、野辺は深く息を吐いた。溜息というよりもそれは肺に溜まったものを吐き出す仕草に近い。  ちらりと目を向けた俺は、思わず言葉を飲む。 「……説明しろ、一から」  額に青筋を浮かべながら、鬼の風紀委員長様は俺を睨みつけた。何故俺にキレるのだ、とか、逆に必死に怒りを押さえつけようとしてるところが恐怖でもあったが、見たことのない野辺の反応に一先ず確かな手応えはあった――と、思う。  俺は、ああ、と小さく頷き返した。
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