final ep.I 馬鹿ばっか

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 俺の話を聞いている間、野辺はやけに珍しくきちんと俺の話を聞いていた。 逆にこえーけど、話は進むに越したことはない。 「……ってわけだ。今回だって完全に逃げ切れたわけじゃねえし、今度もしあいつらに捕まったと思うと……」  言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。  ――あくまで被害者であることを強調する。  実際に被害者なのではあるが、野辺相手には弱者を演じるのが一番早い。 「お前ならあいつらの酷さも知ってるし、話聞いてくれると思ったんだ。……野辺」 「…………」 「……野辺?」 「……誰だ?」 「へ?」 「誰にされたんだ、って言ってるんだ」  これ、といきなり腕を掴まれる。再びぐい、と袖を捲り上げられ少しだけぎょっとした。 「……直接縛られたときは寝てる間だったから覚えてねえけど」  そう、素直に告げたときだった。  徐ろに制服の裾を持ち上げられ、がば、と捲られる腹に息を飲む。  それを近くで見てた宮藤が飲みかけていたコーヒーを吹き出す。 「の、野辺……っ?!」 「ゲホッ! ……おい野辺、あんま尾張虐めんなよ」 「虐めてない。確認してるだけだ。……ふん、体の方は綺麗だな」 「そこはいいだろ……っ! 縛られた跡のこと言ってんなら、こっち見てくれ。こっち」  キスマークでも見られたら堪ったもんではない。  慌てて野辺を引き離し、俺はスラックスの裾を軽く持ち上げる。踝の辺りに擦れたような跡が残ってるのを見せれば、「足も縛られていたのか」と野辺は片眉を持ち上げる。 「両手足縛られて……酷い目にあったな」 「……」 「もういいか? あんま見せんの、やなんだけど」 「……ああ、結構だ」  何だコイツは。  普段のように罵られるよりもマシだが、妙に距離を取られるのも落ち着かない気分になる。 「それで、野辺……」 「ちょっと待て」 「え?」 「……どうやらこの部屋には鼠がいるようだな」  いきなり何を言い出すのかと思えば、そのままスタスタと窓へと向かう野辺。そしてやつはいきなり閉め切られた窓を開き、身を乗り出す。 「おい……っ」  危ねえぞ、と驚いたように宮藤が声を上げるのと、窓の外、身を乗り出した野辺がずるりと何かを引き上げるのはほぼ同時だった。 「うおっ!」  ゴリラ腕力野辺に引き上げられたそいつは、そのままどさりと工藤の部屋へと放り出された。まさか本当に鼠がいるとは、それにしてもデカ過ぎるが。  今は大小に言及してる場合ではない。 「お、お前……」  イテテ、などと漏らしながら起き上がる鼠、もといそいつの姿に俺はぎょっとした。  鼠――五条祭は、俺と目が合うと「よ」とややバツが悪そうな顔をして手をあげるのだ。  そんな俺とは対象的に、野辺の手際は恐ろしいほどよかった。  光の速さで五条を縛り上げる野辺は、宮藤の部屋にあったらしい箒の柄を五条の鼻先へと突きつける。まるで竹刀の代わりのように。 「うおっ! あぶね……っ!」 「貴様、盗み聞きか? 誰の差し金だ、言え!」 「誤解です委員長様、俺はただの通りすがりの一般人……」 「……っ、待ってくれ、野辺」  お前が話すとややこしくなる。というか、五条には聞きたいことがありすぎた。下手に気絶させられては困る。  そう、野辺の肩を掴んで止めれば、「む」と露骨に不満げな顔をしてこちらを見る野辺。 「邪魔をするつもりか、盗み聞きしていた鼠だぞ、こいつは」 「聞きたいことがある」 「……三分だけだ」  短いな。けど、許してもらえただけ進歩としよう。野辺と立ち位置を入れ替わった俺は、そのまま縛られ転がされた五条の前に座り込んだ。よく見れば亀甲縛りになっていたが、もうそんなこと突っ込んでるメンタルではない。 「お前、無事だったのか」 「お陰様で。……けど、尾張。お前来ちゃったみたいだな」 「そりゃ、あんな通話されちゃあな」 「その件に関しては悪かったと思ってるよ。確かに思わせぶりすぎたよなぁ」 「五条……政岡はどうしてる? お前はここで何してるんだ?」 「おっと、相変わらず質問責めだな。本当ならば俺からも聞きたいことはあったんだけど――三分しか許してくれねえらしいからな」  ちらりと野辺を見る五条。野辺は「お前の発言によっては考えてやる、立場はよく弁えろよ」と箒を手にしたまま仁王立ちで五条を見下ろすのだ。 「……だ、そうだ」 「お心遣い感謝です、委員長様」  今度は野辺は何も言わず、ふん、とだけ鼻を鳴らしていた。そのまま箒の素振りを始めてる野辺の圧を感じつつ、「で?」と早速俺は五条に問いかける。 「俺が知ってるのは、会長様は体育館に監禁中ってこと。場所はステージ奥の放送室。……ま、今はどうなってるか不明だけど、俺が確認したときは気絶さられてすっやすやだったな」 「……そうか」  やっぱり、あいつらに捕まってたのか。というかどうやって捕まえたのか逆に気になるが、無事ならそれでいい。 「それで? お前はどうしてここに俺達が居るのを知ってたんだ」 「そのことについてだけど、……あ、委員長様、延長いいですか?」 「……許可する」 「さっすが委員長様、ありがとうございます!」 「いいから知ってることを黙ってすべて吐け!」 「うひっ! ……ったく、皆ピリピリしておっかないな~。興奮してきたぜ」  ここの眼鏡同士の相性は逆に良いような気がしてきた。  亀甲縛り五条はそのまま床の上を這い、器用に座り直す。  そして、そのままこちらを見た。 「俺は尾張が体育館から出ていったときからずっと後をつけてたんだ」 「……ずっと?」 「ああ、ずっと」  平然とその言葉を口にする五条に、宮藤の部屋の室温が数度下がった感覚を覚えた。 「もっと早く話せりゃよかったけど、俺も俺であんま自由に動けなくなったからな。こうして様子を伺ってたわけだ」  張り詰めた空気の中、ただ一人五条は変わらぬ調子で続ける。  だからこそ余計真意が読めず、『どういう意味だ』と固まる俺に、「尾張、俺の胸ポケット見てくれ」と五条は身を捩った。  まさか爆弾でも仕込んでるわけではないだろうが、それでもなんとなく嫌な予感がした。けれど、ここで躊躇っていてはこの先なにもできない。  五条に促されるがまま、やつの内ポケットを探る。そこには携帯端末が入ってた。 「その中に音声データと映像、写真データも入ってる。……体育館倉庫、そう言えばお前には伝わるか? 尾張」  いつもと変わらない調子で、けど冗談や茶化す様子もない。俺は手のひらに嫌な汗が滲んだ。 「見てたのか」と声を絞り出せば、「間接的にな」と五条は続ける。  最悪だ、と思った。けど、悲しきかな散々この男には恥を晒してきてる。納得してしまう自分もいた。 「野辺委員長が信じてくれねえならそれを見せてやるつもりだったけど、案外素直に信じてくれたからお役目御免になってしまってたわけだ。……んで、そんな矢先に見つけられるなんて……いやー、流石委員長様」 「生憎貴様のようなネズミ駆除には慣れてるもんでな」 「見事なお点前で」 「貴様に褒められても嬉しくともなんともない」 「うお、冷てえなあ。ま、そこがいいんですけど」  などと宣う五条は、端末を握り締めた俺を見上げる。 「ってなわけで、俺が敵ではないってことは理解してくれた?」 「どの口で言ってる、……と言いたいところだが、その貴様の言う証拠とやらを見てみないことには判断材料にすら値しないだろう」 「俺の拘束解いてくれるんならパスコード解除しますよ」  確かに、現場写真を突きつけられてしまえば野辺も流石に疑いようはないはずだ。けど、あれを見られるのかと思うと背筋に汗が滲む。覚悟は決めていたにも関わらず、やはり緊張はするものらしい。掌を握り締め、己を誤魔化そうとしたとき。 「結構だ」  冷たい部屋の中、野辺の通る声は普段以上に大きく響いた。 「もうこの男の話で充分現状は把握した。あの馬鹿猿生徒会どもが諸悪の根源だということもだ」 「野辺……」 「尾張元、貴様が見て欲しいと懇願してくるのなら別だがな」  なんだよ、こういうときだけちょっとまともっぽいこと言ってんじゃねえよ。  憎たらしい相手ではあるはずなのに、こちらへと向けてくる視線がむず痒くて俺は顔を反らした。「俺にはそんな趣味はない」とだけ返せば、「奇遇だな、俺もだ」と野辺は素っ気なく返す。 「それに、どちらにせよやることはもう決まってる。……要するに貴様は用済みだ、情報屋」 「あは、そーっすか。そりゃよかった。……ってなわけで、ついでにこの拘束外してくれません?」 「逃げるだろ」 「逃げませんよ。言ったでしょ、俺は尾張についてきたんですって」 「尾張からも言ってくれよ」とうりゅ、と目を潤ませる五条。全く持って可愛げはないが、確かにこのまま亀甲縛りの五条を視界に入れる趣味もなかった。  それに、五条には個人的に聞きたいこともあった。 「なあ野辺、俺からもいいか」  こいつを解放してやってくれ、と続ければ、深い溜息とともに野辺は再び手慣れた手付きで五条を解放してくれたのだ。
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