ep.2 酔狂ゲーム

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 教室前廊下。  他の教室では授業が始まっているらしく廊下に人の影はない。というより教室にすら影がない。  ここの学校のサボりはどんだけレベルが高いんだよと内心呆れつつ、俺は前を歩く彩乃に目を向ける。  教室を出てからずっと黙って俺の腕を引く彩乃だったが、普通教室棟までやってきたときようやくその足を止め俺の手を離す。 「……」 「……」  そして沈黙。  こちらを睨むように見てくる彩乃に、今更あのタイミングで見られたことに対し恥ずかしくなってくる俺の顔には自然と苦笑が浮かんだ。 「なんか悪いな。助けてもらっちゃって……えっと、彩乃ちゃん」 「五十嵐だ」 「あ?」 「五十嵐と言っている。……その名前で呼ぶな」  ああ、名前のことか。  生徒会書記・彩乃、もとい五十嵐彩乃はそう吐き捨てるように低く続ける。 「五十嵐」確認するようにそう名前を呼べば、五十嵐は「馴れ馴れしい」と眉を潜めた。どうしろと。 「まあ、いいや。いやーでも本当助かったわ。ありがとな」  そう笑みを浮かべながら早速切り替えた俺は「んじゃ、俺はこれで」と言い、五十嵐に背中を向ける。  流れでここまでやってきたは良いが、授業をサボるような真似はしたくない。という程優等生でもないが、ただ単にあまり岩片から目を離したくなかった。恐らく既に特別教室棟へ向かっているであろう御主人様を思い浮かべながら、そのまま歩き出そうとしたときだ。 「おい」  伸びてきた五十嵐に肩を掴まれる。無理矢理五十嵐の方を向かされるのだ。 「お前、さっき自分がなにされそうになったのか分かってるのか?」  睨むように俺の目をじっと見据えてくる仏頂面の五十嵐は、そう尋ねてくる。  なにって、さっきの能義たちとのことを言っているのだろうか。  岩片と行動を共にしてきた今、概ねは理解出来ているつもりだがどう五十嵐に返せばいいか迷う。考え込んでみるが、五十嵐みたいなタイプにはなにを言っても同じだろうなと悟った俺は適当にはぐらかすことにした。 「別にいいだろ、もう。それよりさあ科学室ってどこ? 他のやつとはぐれちゃってわかんねーんだよね」  そうなんとか話題を変えようとする俺に、五十嵐の眉間の皺が更に深くなる。  掴まれた腕に指が皮膚にめり込み、僅かに顔をしかめた俺はそれを振り払おうとした。が、離れない。 「……気に入らねえ」  そして、五十嵐はそう低く唸る。まさかそんなこと言われるとは思わなくて、笑みを浮かべた俺の口から「は?」と素っ頓狂な声が洩れた。 「ヘラヘラヘラヘラ笑いやがって、自分の立場分かってねーのか。能天気野郎」 「の……っ」  能天気野郎。まるで人をなにも考えてないバカのように言う五十嵐に腹の底から怒りが込み上げてくる。それを必死に抑えながら、俺は強張った顔を慌てて弛ませた。 「……なんだよ、俺の立場って」 「お前ら二人は今回の賭けの対象にされている」 「賭けの対象?」  ここまでは、神楽から予め聞いている。  今回のと言うことには前回があったということなのだろう。なんで五十嵐が対象である俺にネタばらしをするのかがわからなかったが、聞かない他ない。静かに促す俺に、五十嵐は「ああ」と重々しく頷いた。 「まあ、賭けは賭けでも誰が一番最初に転校生を落とせるかという酔狂な遊びだな」  酔狂な遊び。そう五十嵐は言った。 「……へえ、俺らがねぇ」  俺だけではなく岩片までターゲットにするとは確かに酔狂だ。  落とす、か。確か神楽も似たようなこと言ってたな。あの時は能義の邪魔が入って聞けなかったが、今周りに邪魔がいないこの場所ならもう少し詳しい話ができるかもしれない。 「その落とすってさ、どういう意味なわけ?」 「……意味?」 「あんたらがやってる賭けのルールだよ、せっかくだし教えてくれよ」  そう笑いながら尋ねる俺に訝しげな目を向ける五十嵐だったが、案外すんなりと口を開いた。  五十嵐が言う生徒会の賭けは至ってシンプルなものだった。どちらかの転校生を落とす、つまり惚れさせ、それを公言させることが出来れば勝ち。そのためには方法・手段は選ばない。  賭けるものは金やら私物やらスタンダードなものから始まり、自分含めた人間まで様々のようだ。  毎年、生徒会メンバーが入れ替わる時期になると行われ、そのターゲットにはなにも知らない転校生・新任教師などの外部の人間が選ばれる。  賭ける内容によっては周りの人間が巻き込まれ、怪我人も出ることも多々あるようだ。  そして、この悪趣味極まりないゲームは学園公認の由緒正しき伝統的なイベントだという。  一頻り五十嵐からルールの説明を聞いてただ一言。  ――歴代生徒会はなにをやっているんだ。  学園全体の雰囲気を見て薄々は感じていたが、まさかここまでろくでもない場所とは思わなかった。 「んで、ターゲットが俺たちってわけ」 「ああ。過去にも複数人選ばれたこともある」 「ふーん、でもそんなにベラベラ喋っちゃって大丈夫? 自分から聞いといてあれだけど」 「別にそれは構わない。最初から俺はお前らに言うつもりだったからな」  お前ら、ということは一応岩片も入っているようだ。昨日食堂で五十嵐に引っ張り出されそうになったことを思い出し、『あれはそういうことだったのか』と一人納得する。 「俺はこの賭けを俺たちの代で終わらせたい。……いや、止めさせる」  そう静かに続ける五十嵐。なるほど、だから不参加か。  確かになにも知らなかった俺でさえ聞いて頭が痛くなったのに、怪我人の話など前例を知っている人間ならばこんな行事止めさせるのが普通だろう。しかし、それが出来なかった。  ゲームのルールの説明を聞いているとき、生徒会役員の選出法についてちらっと聞いた。  この学園では生徒会役員は他薦推薦で選ばれた候補生の中から更に選挙で四人の生徒会役員が選ばれる。  力が全てなこの学園内では自然と多くの舎弟を持ったカリスマ性のある生徒、もとい喧嘩馬鹿が舎弟の組織票で役員に選ばれるようだ。そして見事選ばれた役員に拒否権はなく、中には不本意で選ばれた生徒がいるらしい。因みに、五十嵐がそうだという。  だからか、賢い一般生徒は力馬鹿が集まった生徒会に口を出すような真似はしないようだ。いたとしても、そんな生徒で組まれた生徒会のことだ。  過去に無理矢理黙らせたこともあるのだろう。  それでも、今回はその力馬鹿の生徒会の中にまともなやつがいたようだ。  俺は目の前の五十嵐を見上げる。目と目が合い、それでも俺は逸らさなかった。 「だから、お前ら二人に協力して欲しい」 「俺と岩片に?」  そう問い掛ければ、五十嵐は「ああ」と小さく頷く。  正直、出来ることならあまり関わりたくなかった。しかし、こうしてターゲットに選ばれた今止めさせるという五十嵐の考えは最善だと思う。  それに、俺だけならまだしもそのターゲットには岩片も含まれている。自分だけの判断で即決するわけにもいかない。最悪、五十嵐の話全てが演技だという場合もある。  そして、こうして俺に近付くことで賭けに勝つつもりだという場合もだ。 「言いたいことはわかったけどさあ、色々いきなり言われてもすぐに判断出来ないっつーか……」 「このことについて強要をするつもりない。信じろと言ってもすぐには信じれないだろうしな」  相変わらず不機嫌そうだが意外とまともなやつだ。濁す俺に対しそう続ける五十嵐に少し驚く。 「まあ、わかった。一応あいつにも俺の方から話しておくよ。教えてくれてありがとな」  この件は保留することを選んだ俺は、そう五十嵐に笑いかけた。五十嵐は「ああ」と頷き、俺から視線を外す。  話が終わり、大分時間ロスしたななんて思いながら歩き出した俺はとあることを思い出し、「あ」と足を止めた。 「一つ聞き忘れてたんだけど、いい?」 「……なんだ」 「俺たちが協力するとして、五十嵐には生徒会を止める方法あんの?」 「……」  なんでそんなことを聞くんだと言いたそうな顔をする五十嵐だったが、少し黙り込み「ある」と口を動かした。  それが本当かどうかもわからなかったが、俺にとってその二文字だけで十分だった。 「わかった。ありがとう」  そうもう一度お礼を口にした俺は今度こそ五十嵐と別れ、特別教室棟へと足を向かわせる。
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