ep.3 ヒーロー失格

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「とにかく、纏めるか」  そんな収拾つかなさそうな生徒会室内に聞き慣れた声が響く。岩片だ。  縛り上げた五条を床に転がし椅子にしていた岩片はいいながら足を組む。無駄な威圧感を放つもじゃ男。 「つまり、五条祭を連れ去ったのは零児の弟分のそこのチビっ子二名だった。間違えないな?」 「「違いまーす、僕たちチビじゃないもーん!」」 「そんで俺の変装したのもそこの胴長短足低身長なんだろ? よくこんなんに騙されたな、お前も」  言いながらこちらに目を向けてくる岩片。見事な悪化。  政岡を挟むように左右に並ぶ双子は「なにそれ酷ーい!」と声を上げた。  生徒会会長補佐、左門結愛・乃愛。と言うらしい。この双子は。  どっちがどっちかは未だ判断つかない。 「結愛はともかく僕は足のが長いもん」 「はあ? なに粋ってんの? お前のことだよ胴長短足」 「鏡見て言えよ豚足」  可愛い顔してえげつない悪口をする双子。  あまりにも不毛な争いにお前ら同じ姿形じゃねえかと突っ込まずにはいられない。 「おいお前ら喧嘩すんじゃねーよ、ほら、お菓子やるから!」  そして両左右で行われる言い争いに呆れたような顔をした政岡はどこからか取り出した二人用のケーキを渡す。 「「わーい! チョコレートだー!」」声を揃えて再度無邪気な子供に戻る結愛乃愛。  餌付け用にお菓子常備してるのかもしかして。 「五条祭の件に関しては俺は関与してねえからなんにもわかんねーんだよ、まじで。だから煮るなり焼くなり好きにしろ」  お菓子に夢中になっている双子にほっと一息つく政岡は言いながら面倒臭そうに髪を掻き上げた。 「やだ、いたぶるなり弄るなり開発するなり好きに調教しろだなんて……!! 会長様のケダモノ!!!」とかなんか喜んでいる五条を肘でド突き無理矢理黙らせた岩片は「言われなくても」とだけ答える。口許には笑み。しかし笑ってはいない。  そんな岩片に気付いているのか気付いていないのか政岡はぎろりと岩片を睨み付けた。 「そしてそこのもじゃは金輪際俺に近づくな」 「お前が近付いてきてんだろ?言い掛かりはやめろよ」 「きいい」  そして言いくるめられてた。  もっと頑張れよ政岡、言葉に詰まるの早すぎんだよ。 「しょうもない茶番は終わったか」  二人のやり取りを大人しく眺めていた野辺鴻志は痺れを切らしたように呟きながら立ち上がり、周囲を見回す。 「生徒会役員が一人二人三人四人……おまけにブラックリストトップ5の五条祭に……おい、尾張元。貴様なんでここにいる?」  やはり来たか。  岩片の隣で岡部から借りたタオルを頭から被り、髪を乾かしていた俺に目をつける野辺。  まあここに野辺がいるとわかったときからこうなることは予想ついていたのであまり驚かない。 「は? 俺への指導は終わったんだろ?長居する必要もねーじゃん」 「宮藤先生の仕業か」 「……」  なにも答えずにいると、ふんと鼻を鳴らした野辺は「まあいい」と不敵な笑みを浮かべた。 「貴様の身体検査は頭髪の尻の穴まで隅々まで済ませたしな、あとは勝手にしろ。但し二度目はないと思え」  よかった。  こいつもこいつで生徒会という絶好の遊び相手を見付けた今俺に執着するつもりもないようだ。  そう内心ほっと胸を撫で下ろしたときだ。  さらりと野辺の口から出た言葉に全身の血の気が引く。 「し、尻の穴まで……?」  目を丸くし、驚いたように復唱する岡部の言葉に確かに生徒会室内の空気が凍り付く。  それは俺も例外ではない。  当の本人たちは自分の失言に気付いていないようだが。 「今日はついてるなあ、寒椿。今日こそはそこにいる役員ども全員まとめて豚小屋にぶち」 「おい待てよ」  上機嫌に竹刀で肩を叩いていた野辺の言葉を遮ったのは政岡の低い声だった。 「あ? なんだ貴様人の台詞に重なるとはいい度胸だな、意見を言うときはまず相手が話し終えるのを待ちそれから『意見は?』と聞かれたときに挙手してようやく発言しろと習わなかったのかこの単細胞」 「てめぇ、今なんつった? そこの尾張元になにをした」  まさかこいつまじかよサラッとスルーしてくれよほじ繰り返すなよ頼むから。  野辺に掴みかかろうとする政岡になんだかもう泣きたくなりながらも慌てて俺は「おい、政岡」と生徒会長さんを宥める。しかし、時既に遅し。 「なんだ、そんなことか」  にやにやと口許を歪める野辺鴻志はパシンと床を叩き、歯磨きをしていた寒椿深雪に声をかける。 「おい寒椿、そこの馬鹿を具現化した馬鹿男に教えてやれ」 「ん? ああ、そこの小鹿ちゃんのことかい」  やめろナチュラルに小鹿ちゃんとか言うなよしかもなんだよその無駄なバリエーションはほら岡部噴き出してんじゃんふざけんなこの電波野郎。  人前にも関わらず相変わらずな寒椿になんだかもう顔が熱くなってきた。  もうやめてくれお前は黙ってろ。  しかし、寒椿に俺の思いは伝わらない。 「別に僕たちはただ上級生と揉めていた彼を身体検査をしただけだけどね。指とクスコを使って体の奥まで調べたけど綺麗な穴だったよ。あれは処女だね」  見惚れてしまいそうな柔らかい笑顔を浮かべた王子様の言葉に俺は顎が外れそうになった。 「な、なに言って……」 『なに言ってんだよ、処女に決まってんだろ? 面白いこというなーはは』と笑い飛ばし冗談として流そうと思ったのに顔は強張り耳には熱が集まりなんかもうまじでこれじゃ俺が照れているみたいじゃないか。笑えない。有り得ない。落ち着け俺、挙動不審にだけはなるな。  そう必死になるや否や、空気が読めない馬鹿どもは俺にトドメを掛けてくる。 「なにっ!? 処女のケツの穴を指かき混ぜて捩じ込んだクスコで中を無理矢理開いただと!?」 「そうだ!! 見られないように必死に閉じていた肛門を無理矢理金属で抉じ開けてみたがなかなか綺麗なピンク色のアナルだった!!!」 「ざけんじゃねえッ! てめえ、俺だってまだ第一関節までしか挿れてねえのに!!」  顔から火が吹くとはまさにこのことだろう。  怒りか羞恥か、じわじわと紅潮する顔面を隠したい衝動に駆られるがなんかもうなにしたところで挙動不審になってしまいそうで体が動かない。  いや、違う。無言の岩片が恐ろしくて動けないのだ。  ちょっとやそっとのことじゃ動じない自信があったがどうやらそれは過信だったようだ。  全身の血が煮えたぎり、いますぐこの目の前で余計なことをベラベラ喋る馬鹿どもを黙らせたいという衝動に駆られると同時に消えて塵になってしまいたいというジレンマで頭は真っ白になりただ顔に集まる熱だけを感じる。  怒りで震える、というのはまさにこのことだろう。 「尾張君、あの……」  押し黙り、硬直する俺を見兼ねたのか恐る恐る岡部が声を掛けてくる。  なにごともなかったように笑みを返そうとするがガチガチに強張った顔面は引きつり、俺の顔を見た岡部は「ひっ」と息を飲んだ。  酷いことになってたのだろう。なってたたのだろうが、そのリアクションは傷付く。  そんな騒がしい生徒会室の中。  ガシャン、と陶器が叩き付けられるような音が響き、喧騒はぴたりと止んだ。  そして連中の視線は音源である一人の生徒に向けられる。  生徒、もとい岩片凪沙は持っていたティーカップを机の上に置き、この学園の馬鹿ツートップに目を向けた。 「ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃうるせえな、こいつのケツくらいで騒ぐんじゃねえよ」  静まり返った生徒会室内に岩片の声が響く。 「言っとくけど、種付けしてねえならなに挿れたところでなんにもかわんねえからな。あんまでけー声ではしゃいでやんなよ、ハジメが泣いちゃったらどうすんだよ」  耳を塞ぎたくなるような品の欠片もない単語や上から目線なその物言いは相変わらずで。  どうやら岩片は俺を庇ってくれているようだ。  その事実に驚く反面、やつがなにを企んでいるのかわからず岩片に目を向ければ丁度こちらに顔を向けた岩片は口許に薄い笑みを浮かべ、そして五条椅子から立ち上がる。 「岡部」  言いながら、俺の側までやってきた岩片は俺の腕を引っ張り側にいた岡部に声を掛ける。  どうやらこの場を一旦退避するつもりなのだろう。 「え、あ……はい」  慌てて立ち上がる岡部につられるようにして立ち上がった俺は、床のに散乱する書類に構わずさっさと扉まで歩いていく岩片の後をついていく。  同様、縛った五条を拾う岡部はそれを引き摺りながらついてきた。  段々五条に対する扱いが雑になっている感が否めない。  そんでそのまま出ていこうとする俺たちだったが、もちろん他の連中が大人しく解放してくれるわけがなく。 「ちょっと待て、どこに連れて行くつもりだ」  案の定生徒会長さんがつっかかってきた。 「帰んの。今用事思い出したから。……なに? なんかまだ用あんの? そこの風紀のやつらは好きにして良いって言ったけど」 「じゃあひとりで帰れよ。そいつは置いていけ」 「今ならおまけで俺もついてくるけど?」 「じゃあな、気を付けて帰れよ」  諦めるの早っ。  もう少し粘れよこれだから最近の若者はとか言われるんだよとか心の中で突っ込まずにはいられなかったが俺としては有り難い。というか岩片はどんだけ政岡に忌み嫌われてるんだよ。 「えー帰しちゃうの? 会長」「会長のヘタレー」と面白くなさそうな双子補佐に「俺は俺のケツが大切なんだ」と真顔で説得始める政岡。  いやまあ気持ちはわかるが。 「さて、部外者もいなくなったところだし生徒会役員!貴様ら全員指導室にぶち込んでやる!!」  そしてお前はまだ諦めてなかったのか。  痺れを切らした風紀委員長の宣言により再び騒ぎ始める生徒会室の中、俺たちは巻き込まれない内にその場を後にする。  というわけで生徒会室を後にした俺たちは五条が逃げ出す前に部屋に閉じ込めたいという岩片のご要望により一度学生寮へと戻ることにした。
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