ep.3 ヒーロー失格

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「なあ、岩片」 「なんだよ」 「なんでお前生徒会室にいたんだよ」  学生寮、廊下。  ずっと気になっていたことを思いきって尋ねてみれば、こちらに顔を向けた岩片は僅かに笑みを浮かべる。 「なんでだと思う?」 「僕が岩片君に教えたんですよ。……五条先輩に会いたいと言っていたので」  挑発的に聞き返してくる岩片の横、普通に答えてくれる岡部。  そんな空気読めないところはありがたい。 「直人お前ばらすのはえーよ」出鼻挫かれ唇を尖らせる岩片にはっとした岡部は「あ、す、すみません」と項垂れる。  最初から岩片も隠すつもりはなかったようだ。  それ以上岡部に突っ掛かるわけでもなくこちらに目を向けた岩片は「ま、そんなとこ」と小さく息をつく。 「五条祭が生徒会役員のチビに入れ込んでるって聞いたからさ」 「あの双子か」 「結愛ちゃんと乃愛ちゃんですね」 「どっちがどっちかわからねえよ」 「ちょっぴり大人しくて引っ込み思案なのがお兄ちゃんの結愛ちゃんで甘えん坊さんでちょっぴり小悪魔なのが弟の乃愛ちゃんです」  余計わからなくなった。というか岡部の鼻息が荒くてちょっと引いた。 「じゃあ次はお前の番な」  じたばたする五条を引き摺りながら歩いていると、岩片は突拍子もなくそう俺に促してきた。  思わず「は?」とアホみたいな返事を返す俺に岩片は浮かべていた笑みを消し、ただ静かな口調で続ける。 「俺らがいない間どこでなにしてたんだよ」 「洗いざらい吐けよ」静かで落ち着いた声だがその内容は俺に対して説明を強要するもので。  分厚いレンズの向こうにあるはずのやつの目から向けられるどこか冷めた眼差しを感じた俺は僅かに冷や汗を滲ませた。  そんなに長い付き合いではないが岩片がどんな性格かは大まかに把握しているつもりだ。  一度食い付いたら殺すまで離さない、かはどうかは知らないがそのくらいには執着する非常に面倒なやつ。  そんな岩片の性格は頼りになる反面食い付かれたこちらは堪ったもんじゃない。  だから、俺はさっさと白旗を振る。 「どこで……って、聞いたんだろ? 風紀室にいたんだよ。最初は五条祭のクラスまで行って五条探してたんだけどなんか三年に絡まれて風紀まで来ちゃってさぁ」 「そんで身体検査か」  やっぱりそこか。生徒会室でなにも聞かれなかったからもしかしたらと思っていたが、やはり岩片が流してくれるわけがなかった。 「あれは、あいつらが勝手に言ってるだけだから」  そう念を押すように続ければそっぽ向く岩片は「へぇ」と口許に笑みを浮かべる。嫌な笑みだ。  岩片はすぐにこちらを見た。   「それでどうしたんだ? 風紀に連れて来られたわけじゃないんだろ?」  どうせまた身体検査のことについてしつこく追求されるのだろう。そう構えてた俺はあっさりと話題を返る岩片に呆気とられた。なんとなく、やつに転がされているみたいで嫌な感じだ。  思いながらも「ん、あぁ」となんとも歯切れの悪い返事を返した俺は岩片と岡部に一連の出来事を説明することにする。  もちろん、都合が悪いところは省いて。  一通り説明を終え、一番に口を開いたのは岡部直人だった。 「そんなことがあったんですか。……それは災難ですね」  哀れむような岡部の視線に苦笑を浮かべた俺は「でもまぁ、こいつ見付けることが出来てよかったよ」と床の上を引き摺られじたばたしていた五条に目を向ける。 「俺どうなっちゃうの? もしかしてお仕置きという名のえっちなプレイされちゃうの?! ひいい! 興奮しちゃう!! でもいきなりハードなのは…きゃうん!」  そして岩片に踏まれていた。 「許可なく発言するのは許さないと言ったはずだけど?」 「しゅ、しゅみましぇん……」  無表情の岩片と蒼白になりガタガタと震え出す五条。ああ、可哀想にと憐れまずにはいられない。 「尾張君、あの二人なにかあったんですか?……なんか空気が異様なんですが」  ちょっぴり仲がよろしくない先輩後輩関係を通り越している二人に気付いたようだ。小声で訊ねてくる岡部にどう返せばいいのかわからず「まあ、色々あったみたいだな」と適当にはぐらかすことにする。本当、色々と。  そして騒ぎ始める五条を黙らせ、俺たちは再び学生寮の自室前まで戻ってくることになる。 「じゃあ、一応ここでいいですか?」 「ああ、ありがとな」 「いえ、困ったときはお互い様なので」  そう控えめに微笑む岡部は五条を床の上に転がした。「う゛っ」と呻く五条。何度でもいうが五条は岡部の先輩だ。 「頭禿げちゃう……」そうしくしく泣き真似しつつ起き上がる五条は後頭部を撫でる。  その背後。忍び寄った岩片は五条の首を掴んだ。 「ほらさっさと入れよ、お前の家だぞ」 「ひいいん!」  そして開いた自室の扉から部屋へ上がった岩片はそのまま例の拷問部屋と化した空き部屋へと押し込む。素晴らしい早業だった。
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