ep.3 ヒーロー失格

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 とにかく、落ち着こう。落ち着いて、情報を整理しよう。そう、混乱する自分に言い聞かせてみるが、やはり無理がある。  岩片ならまだしも、五十嵐にまで先程のやり取りを聞かれていたと思うと素面でいられなくて。  顔が熱くなり、なんだかもう死にたくなった。  そんな俺を知ってか知らずか、それとも知った上で面白がっているのか岩片は笑いながらわざとらしく手を叩く。 「なーんだ、やっぱりバレてたわけか。いやー、流石情報屋。そこまで馬鹿じゃなかったな」 「なななな、なんで、そんな」 「んん? そんな怯えんなよ、別に取って食いやしねえよ」  流石の五条も動揺しているらしく、楽しそうに笑い声を上げる岩片に真っ青になる。  そして、一頻り笑った岩片はふと表情から笑みを消した。 「ま、せっかくのいいところ邪魔されたら誰だって気分悪いしなぁ。とにかく手短に済ませてやる」 「その後はそいつ、好きにしていいから」と、続ける岩片。  一瞬、やつの言葉の意味がわからなかった。いや、わかりたくなかった。  口を開いたままアホ面下げる俺を無視し、岩片は五条を見る。 「単刀直入に言おう。五条祭、お前、俺専属の情報屋になれ」  ど直球なその言葉は混乱した脳が理解把握するよりも先にするりと耳を通り抜けていった。 「え、ちょ、まさかのプロポーズ。三角関係?! 当て馬?! 俺、尾張と王道君に狙われちゃってる?! どうしよう祭困っちゃうがっ」  そう、どうやら俺よりも状況把握のできているらしい五条が言い終る前に、面倒臭そうに舌打ちをした五十嵐は五条の後頭部を鷲掴む。 「話が逸れる。肯定否定の言葉以外吐けば容赦はしない」 「……しゅみましぇん」  ……岩片はもしかしたら俺のことを心配して乱入してくれたのかもしれない。  そんな俺の淡い期待は完膚なくぶっ壊された。  そりゃあもう、『ああ、こいつこんなやつだっけな』って思い出させてくれるくらいには。 「なに、勿論ただ働きというわけではない。お前が条件を飲むならそこにいるの、お前の好きなようにしていいぞ」  そう、五条祭に向かって宣言する岩片にきっと俺は捨てられた子犬みたいな顔になってただろう。  と、まあ、こんなジョークを言えるくらいの余裕は、勿論なかった。ただの現実逃避だ。 「にゃ、にゃんですと……!」と興奮のあまりなんとも萌えない舌足らず五条。 「にゃ……なに?」  釣られそうになって、慌てて言い直す。  地味に恥ずかしかったが、今現在進行形でこれ以上に恥ずかしいことになる可能性のある取引が交わされている。  俺は唇を噛み締め、目の前の岩片を見上げた。やつの目はこちらを見ない。代わりに、突き立てられた人差し指がこちらに向けられる。 「そこの尾張元、情報屋のお前ならとっくになんなのかわかってるんだろ」 「ええと、それって、ゲームのターゲットってやつ?」  言葉が少ない岩片の問い掛けに戸惑う五条だったが、岩片のお気に召したようだ。岩片は口元の笑みを深くし、「ご名答」と嫌らしく微笑む。 「恒例の生徒会ゲームの今年度タゲの一人だ。そいつを出汁にしたらお前の大好きな生徒会の連中も喜んで床を舐めるぞ」 「まじですか書記様!!」 「は? ……ぁ、あぁ。かもな」 「ほら彩乃だって喜んで床を舐めるぞ、なぁ?」 「あ?」 「舐めれるんだろ?」 「……」  なぁなぁと満面の笑みで五十嵐を見詰める岩片のやろうとしてることを理解し、俺は青褪める。  まさか、こいつ、五十嵐を。いいのか、そこまでさせるのか。  ハラハラしながら五十嵐を見れば、奴も岩片の意図に気付いたようだ。ただでさえ物騒な仏頂面が更に険しくなっている。 「彩乃」 「……」 「あーやーのー?」  強請るような、岩片の猫なで声には恐怖しか感じなかった。  おい、やめとけ。そう、岩片の方を宥めようとした時だった。  ゆらりと五十嵐の長身が動き、膝を付いて、手を付いて、土下座するような形で床に顔を近付けた。  薄く開いた唇から薄い舌が伸び、そのままフローリングの床をなぞった。  数秒間のことだろう。それでも、驚きのあまりにその様子を見守ることしかできず、唖然と五十嵐の後頭部を見詰める。 「ほら、あの彩乃が喜んで床を舐めたぞ」 「うおおお!! レアシーンゲット!! これは高く売れる!!!」  笑いながら顔を上げようとする五十嵐の後頭部を押さえ付け、再度ぐぐっと床に顔を押し付ける岩片。そしてその様子をカメラに収めまくる五条。  怒り諸々で小刻みに震えてる五十嵐に、俺は同情せずにいられなかった。  い、五十嵐……強く生きろ。 「と、言うわけだ。どうだ?生徒会相手の主導権を握っていれば配下にいる殆ど全員の生徒を操ることが出来る。お前の大好きなBLだかなんだかが見たい放題ってわけだ!」  高らかにそう言い切る岩片に、目を見開いた五条は「うぐぅ!!」とか言いながら後退る。  そこダメージ受けるところなのかと突っ込みそうになったが、こいつの言動行動を一々気にしていたら埒が明かない。  ようやく岩片に開放された五十嵐に同情の眼差しを向けつつ、俺は二人のやり取りに耳を向ける。 「いや、まだだ……まだ騙されないぞ……! こんなに美味しい条件、どうせあれだろ? そんな事言って俺にあんな事やこんなこと、あまつさえそんなことまでするつもりなんだろ?! えっち!」 「ははは! お前とヤルくらいなら壁に穴あけでやったほうがマシだ!」 「それもそれで悔しい! でも感じちゃう!」  そこ感じるのか。 「お前に求める条件というのは情報の占領、デマの発信源だ。お前の信用と信頼を暴落させる変わり、俺はお前に無限大の夢と希望、そして萌えを提供してやる!」  これはひどいと言いたくなるような台詞を胡散臭さの塊である岩片が口にすると、なんという事だろうか。ろくでもない想像しかできなくて。  それでも俺が口を挟む暇もないくらい二人の取引はヒートアップしていく。 「で、でもさでもさ! もし尾張使って色々写真撮っちゃうとするじゃん? それの使用法の制限は……」 「ない」 「はぁ?!」  思わず声を上げてしまった。  五条の写真活用法と言えば、主に売買だったはずだ。もし、自分の写真が自分の知らないところで出回ってると考えたら血の気が引いていく。  岩片のやつは、もしかして俺の人権を餌に五条を釣る気じゃないだろうな。疑いたかった。信じたいからこそ。  しかし、俺の希望は木っ端微塵に打ち壊される。 「数刷って売るのもネットでばら撒くのも好きにしろ。録音録画ハメ撮り大歓迎だ!言っただろう。こいつを好きにしていいと。その使用法に俺は一切口を出さないし手も出さない」  目が笑ってない。本気だ。こいつ、本気で俺を売る気だ。  今までこいつと行動してきて、嫌というほど岩片の外道っぷりを見せつけられてきていたが、それでもやはり自分だけは特別に思ってくれているはずだ。他の駒とは違う。なんて、甘い期待を持っていた。しかしそれはただの自惚れだったようだ。  わかっていた。わかっていたはずだ。岩片にとって自分以外の人間は自分の人生を愉しませるためのエキストラに変わりないということを。  俺は自ら望んでヤツの駒になったことを。 「そ、その保証は?」  恐る恐る尋ねる五条に、岩片は「……そうだな」と少しだけ考え込む。  そして、 「彩乃、包丁取ってきてくれ」  包丁?  唐突に出てきたその単語に嫌な予感がし、背筋に冷や汗が滲む。  堪らず岩片に目線を送ってみるが、あいつは五条の方を見たまま薄い笑みを浮かべるばかりで。  何を企んでいるんだ、こいつは。 「……顎で使うんじゃねえ」  ようやく開放され、立ち上がった五十嵐は相変わらず仏頂面で、先程よりもいくらか眉間の皺が深くなっているのを俺は見逃さなかった。  そのままその場を離れ、数分もしないうちに出刃包丁を持ってくる五十嵐。  どこから持ってきたのだろうか。料理と無縁な俺達の部屋に包丁なんてものなかったはずだ。  五十嵐から剥き出しになった包丁を受け取った岩片はその刃を撫でる。そして、笑った。 「好きな部位を言え。切り取ってくれてやる」 「や、ちょ、何言ってんの?!」 「信用と信頼は買えるものじゃないからな、俺はこれくらいしか誠意の示し方を知らない。部位だけじゃ不服か?」  なるほど、そういうことか。真っ青になる五条の横、俺は呆れ果てる。  やつの行動は前々日、いきなり岩片が借りてきた任侠映画で演じられていたものと全く同じだった。  こいつ、こんなものも観るんだなぁと一緒に眺めていたが、まさかあれは予習だったのか。参考にするにはたちが悪すぎる。  しかし、五条相手にはそれで十分だったようだ。 「いやっ、いやいやいや! そんな勿体無いことしちゃダメだってば!」 「だけど、」 「信用する、信用するから!」  泣きそうな顔をして岩片の包丁を取り上げる五条に、岩片の口元がにやぁと不気味に歪むのを見て俺は背筋が薄ら寒くなる。  ああ、五条のやつ、やってしまったな。いくら嫌いな奴でも同情せざるを得ない。  俺も同じ利用される立場だからこそ、余計。 「そうか、それはよかった!」  ぱぁっと満面の笑み(質の悪い営業スマイル)を浮かべる岩片は包丁の柄を掴み直す。  その刃の先が五条に向けられているのに俺は気づいた。 「なら、早速だが答えを聞かせてもらうぞ」 「あの、も一ついい?」 「スリーサイズ以外ならいいぞ」 「その、条件っていうの以外俺に縛りはないんだよね」  まさかのスルー。  おいちょっとは突っ込んでやれよ岩片が拗ねるだろ、と思ったがそれは俺としても疑問に思っていたので是非答えを聞きたい。岩片はつまらなさそうに唇を尖らせる。 「状況にもよるが、お前が俺を信用するというなら俺もお前を信用して行動制限はなしだ」  よくもこいつは信用とか軽々しく口にできるものだ。恥じらいもなく、当たり前のように返す不誠実の塊もとい岩片に、五条は「わかった」と頷いた。 「君達の言うこと聞くよ。っていうかさ、これ、聞くしかないんだろ、この流れ」  どうやら、五条も自分に向けられた刃先に気づいていたらしい。  顔を青くし、笑みを引き攣らせる五条は「取り敢えず」と搾り出すような声を出す。 「取り敢えず、一発抜かせて」 「も、我慢できない……っ」股間を両手で抑えたまま、そう懇願してくる五条に五十嵐は顔を引き攣らせた。  そういう俺も、顔が引き攣っていたに違いない。  頭のネジが外れたやつだとは思っていたが、まさかここまでとは。 「冗談だろ」と顔の筋肉がぴくぴくと引き攣る。  誰だってこんな外野の前で抜こうとするよえな変態がいちら俺と同じような反応をするはずだ。 「だって、だって、こんな公開羞恥プレイっ、男なら抜かずにどうすんだよっ!!」 「いやいやいやいや……信じらんねえ、ほら、五十嵐引き過ぎて出ていったぞ!」  見てられないと無表情のまま出ていった五十嵐を指差すが、五条は凹むどころか更に興奮してるみたいで。 「俺は、尾張がいたらそれでいい」 「い、いいって……」  よくねえよ、何一つよくねえよ。俺からしてみれば寧ろ破竹の勢いでマイナスいってるから。  呆れる俺に構わず目の前で取り出す五条に、反射的に目を瞑ってしまう。 「おい、岩片、こいつどうにかしろ……っ」 「どうせその役立たねえ精子撒き散らすならハジメ君の顔にトッピングしてやれよ」  岩片この野郎完全に楽しんでやがるこの野郎。  冗談じゃない。  そう言い返したいのに、言い返せないのは自分の立場を脳が理解しているからか。 「か……掛ける、だけだからな」  こうなったら仕方ない。  本当はすげーやだけど、やだけど、ここまできたらどうしようもない。 「まじで? いいの?」 「いいから早くしろよ、出したいんだろ」  どうせ顔洗えば済むことだ。痛いより何倍もマシだ。  そう自分に言い聞かせるように、ゆっくりと目を開き、小さく息を吐く。  ……やっぱりこう、至近距離で他人のものを見ていい気にはなれない。  どうして他人の顔にちんこ向けて勃起できるんだ、こいつの精神構造はどうなってるんだ、普通萎えないのか、そういえばこいつ普通じゃなかったな。なんて、ひたすら思考を巡らせることで現実逃避を測ってみるがゆっくりと怪しい手つきで扱き始める五条になんかもう俺は居た堪れなくなった。 「……っ動くなよ」 「動けるかよ、こんな……っ」  ――こんな。  目の前、鼻先に当たりそうなくらいの距離でグチュグチュと両手で握り込むように手を動かす五条。向けられた真っ赤に充血した先端から先走りが滴る。  こうしてちんこ向けられたのは残念ながら初めてではないが、岩片の視線があるからか、部屋に響く荒い息遣いが、迫る熱が、生々しい水音が、全てが異様に鮮明に五感に焼き付き、目が、逸らせなくて。 「っは、ぁ……尾張の唇からっ、息がかかって……やばいって、すげー……興奮する……っ!」  先走りでとろとろに濡れた先端が唇に押し当てられ、思わず硬く唇を瞑った。  眉を潜め、小さく顔を逸らそうとしたら五条に頭を抑えられ動けなくて。 「んん……っ!」  ぷに、と押し当てられた箇所から熱と濃厚な匂いが伝わり、風呂にも入っていないのに逆上せそうになる。  勃起ちんこ見るのも嫌ってのに岩片の顔まで見る気になれなくて、必死に目を硬く瞑り、今唇に当たっているのは屋台のウインナーだと必死に自分に呼び掛けるが暗示だけで自分を誤魔化すことができれば苦労しないわけで。 「っ、ふ、ぅ……ッ」  激しさを増す扱きに、歯を食いしばるように閉じられた五条の口から呻き声にも似た吐息が漏れる。  ああ、やばい、やばい、多分そろそろだろうな。  五条の様子からそれを察した俺は、固く唇を閉じ顔を逸らそうとする。  そのときだ。 「ハジメ、口開けろ」  いきなりそんなことを言い出す岩片に冗談でしょ、とつい脊髄反射で言い返そうと口を開いた矢先、ずぼりと唇を割り開くように咥内に五条の性器が捩じ込まれる。  あ、と思った時にはもう遅い。 「はぁああんっ!」と無駄にエコーの聞いたどこぞのオネエのような喘ぎ声とともに、ぱっくりと開いた俺の咥内に思いっきり精液をぶち撒けられる。 「んっ、ぶ……ッ!!」  粘っこい熱が舌や喉に絡み付き、一気に広がる独特の味に咽返る俺は慌てて五条の腰を掴み、自分から引き離した。  げほげほと慌てて吐き出そうと俯向けば、「すとっぷ」と岩片にまた止められる。 「せっかくのできたてホヤホヤを吐き出したんなら精子に失礼だろ? ちゃんとごっくんしろよ」 「え、まじ?! 尾張飲んでくれんの?!」 「出来るよな」と視線を落としてくる岩片を俺は全身全霊で睨み付ける。その声に、どくんと心臓が弾む。  くそ、くそ、くそ。口の中で呟きながら、ゆっくりと締めていた喉を開いた俺は咥内に溜まった粘っこいそれを唾液で押し流すように喉奥へと流し込んだ。  気持ち悪さに涙が浮かび、嗚咽を堪えるように必死に飲み込む俺に岩片は微笑む。 「じょーでき」 「ふあああ」と恍惚とした表情で気色の悪い声を上げる五条の横、わしわしと俺の頭を撫でた岩片はそのまま部屋を後にした。  今度こそ文句の一つや二つ言ってやろうと思ったのに、ただそれだけで絆されそうになってしまう自分の単細胞っぷりに呆れる。  取り敢えず、うがいしたい。
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