ep.3 ヒーロー失格

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 どうしてこうなったのだろうか。  そう何度も自分に問い掛けてみるが、一向に答えは出てこない。 「……」 「……」 「……」  食堂テラスのとある一席。  成り行きで政岡と飯食うことになったのはまあいいが、さっきから向かい側に座る政岡はこっちを見ようともせず黙々とコーヒーを飲んでるし双子は別の席に座ってるし。  沈黙が流れる中、適当に頼んだパンを食っているとどこか落ち着かない様子の政岡がテーブルの上に乗せてあった胡椒を手に取る。  まさか、と思いきやそのままそれをコーヒーカップにざらざら注ぎ始めたではないか。 「えっ、ちょ、おい、政岡、お前それ胡椒じゃ……」 「はっ?」  慌てて声を掛ければ、自分が手にしているものに気付いたようだ。  どうやら本人も不本意だったようで、うっかりどころかドジっ子も真っ青なミスをかます政岡は慌てて胡椒から手を離した。  そして、 「……なっ、なんだよお前知らねえの? わざとに決まってんだろ何言ってんだよ……! 今はな、こういうのが流行ってんだよ! 遅れてんな、お前!」  どうやら自分のミスを認めたくないようで、どっからどうみても強がる政岡は慌てて立ち上がろうとする。 「あ、いきなり立ったら……」  危ないぞ、と声を掛けようとした矢先、テーブルが揺れ、胡椒入りコーヒーカップが転がった。 「あっちィ……!」  どうやら拍子にコーヒーが掛かったようだ。  見事なコンボ技に言わんこっちゃないとつい苦笑しそうになりながらも、俺はテーブルに用意されていた布巾を手にとった。 「ったく、何してんだよ」  おっちょこちょいもここまで極まるといっそ清々しい。  溢れたコーヒーを拭き取り、政岡を見た。 「大丈夫か? 今掛かったろ」  右手を抑える政岡にナプキンを差し出したとき、硬直した政岡の顔が一瞬で真っ赤になった。  その予想していなかった反応に、なにか照れさせることをしたのだろうかとこちらまで動揺したときだ。 「っふ、フハハハハハッ!」  いきなり高笑いを始める政岡にぎょっとする。  とうとう壊れたのだろうか。  赤くなったり笑い始めたりさっきから挙動不審なやつに「政岡?」と恐る恐る呼びかける。 「別にこれくらいどうってことねえ、なんたって俺は政岡零児なんだからな!」  全く答えになっていないが、本人が元気そうなので深く立ち入らないことにしよう。 「なら良いけど、なるべく早めに冷ましとけよ」 「おう!」  返事だけはしっかりしてるな。  そして、一度席を立った俺は汚れた布巾を食堂へ持っていく。  そのついでに、ドリンクバーでコーラを二つ、トレーに乗せてテラスへ戻った。  椅子に座って待っていたらしい政岡は俺の姿を見るなりまたそわそわとし始める。  前はもっと堂々としてて高圧的なやつだと思っていたのだが、酷くよそよそしいというか落ち着きがないというか。  まさかなにか企んでるのだろうか。気にはなったが、ここまで調子の狂ってる政岡を怖がる必要はないだろう。  寧ろ、現在の政岡が相手ならばこのまま俺のペースに乗せていくことも容易だろう。  不意に、ちらりとこちらを見る政岡と目があう。すぐに逸らされた。  ……それにしてもなんなんだ、この余所余所しさは。あまりにも馴れ馴れしくされるのも気になるが、相手は政岡だ。こうももじもじされるとやはり薄気味悪い。  そんな政岡に適当に笑い返しながら、俺はテーブルの上にグラスを乗せた。 「ほら」 「あ?」 「さっきのまともに飲んでなかったんだろ。これで良かったか?」  恩を着せるつもりはないが、飲み物なくなったままでは可哀想だったのでついでにと用意した政岡の分を渡す。 「あ」と少しだけ驚いたように目を丸くした政岡だったが、 「あ、あり……有り難くもらってやる、感謝しろよ!」  なんでツンデレ風なんだよコーヒーの方がよかっただろうかと少し気になったが、受け取ってくれるやつに少しだけ安堵する。 「はいはい」と笑いながら再び席についた俺はコーラを寄せる。 「政岡って結構抜けてんのな」 「……ぬっ、抜けてねえよ、別に!」  何気なくからかってみれば、政岡はムキになって否定してくる。  岩片が政岡で遊ぶのを面白がっていたが、なんとなく分かる気がする。こんなに露骨に反応をもらうと結構楽しかったり。  それに、政岡には前回多人数の前で恥をかかされているわけだし。いや別に根には持ってないけどな、うん。……だけどもう少しだけ弄ってみるのも楽しそうだ。  なんて、「そうか?」と込み上げてくる笑いを抑えずに更に突っ込んでみたときだった。 「……お前のせいだよ……っ」  歯を食い縛った政岡は、唸るようにそう低く吐き捨てた。赤面したやつの言葉の意味がわからず、「は?」と思わずアホみたいな顔になった時。 「お前の顔を見てると、あの時のことを思い出して調子狂うんだよ……ッ!」  ……あの時?い、いつだ……。  心当たりが有りすぎて悩んだが、すぐにわかった。  ――まさか、あの時か。  まともに政岡と話したあのとき、全裸になって逃げ出すハメになったあの事件を思い出した。同時に、全身を巡る血液がカッと熱くなるのがわかった。 「おっ、お前……食事しながらなんつーこと思い出してんだよ……」 「だって、さっきから喋るたびにぷるぷるしてて、思い出すなっつー方が無理だろ!」 「ぷるぷ……ッ!?」  俺、そんなに揺らしてたのか?!いや、そんなはずはない。というか何を言い出すんだこいつは。  恥ずかしそうに頬を赤らめ、目を逸らす政岡に、こっちの方が穴に入りたくなる。 「初めてだったんだよ、俺……」 「は、初めてっ?!」  いや、そんな遊んでますって感じのくせに、え、まじで童貞?フリなわけ?全部?つーか本当何を言ってるんだ、訳がわからない。  あまりの恥ずかしさ諸々で頭がこんがらがってきて、なんかもう周りに人がいないだけでもましだが、いや全然よくない。こんな場所で自分の下半身への熱い想いをぶつけられて喜べるような特殊性癖、俺は持ち合わせていない。 「お、おい……政岡……」 「責任、取ってくれるよな」 「責任って、いや、落ち着けよちょっと」 「落ち着けるか! こんなこっ恥ずかしいこと言って、自分でもやべーって思ってるけど、だけど、忘れられないんだ……お前の感触が!」 「ッ?!」  いきなり、空いた方の手を握り締められる。  両手で強く握り締められ、頭の中が真っ白になった俺は驚きのあまりグラスを落としそうになったがなんとか寸でのところで持ち堪えた。  堪えたけれど。 「っ、そういう話なら、勘弁してくれ……」  あまりの動揺で、「この変態が!」とぶん殴ることも「面白い冗談だなー」と笑い返すことも出来ず、つい、そんな言葉が口から出てしまう。  政岡から手を離した俺は、赤くなる顔を隠すように慌てて席を立った。  我ながらかっこ悪いと思ったが、調子狂わされていたのは俺だったようだ。  コーラと政岡を残したまま、俺は食堂を後にした。 「あっ、おい! 尾張!」 「あーあ、会長嫌われちゃったねー」 われただと……?」 「どんまーい!」 「どんまーい!」 「……嘘だろ……」
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