ep.3 ヒーロー失格

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 食堂を後にした俺は、仕方なく本来の目的地である寮の自室へと向かっていた。  それにしても、何だったんださっきの政岡は。  嫌がらせにしても、いくらなんでももう少し場所を選んでくれれば……いや別に場所を選んだら喜ぶというわけではないけれど。  だけど、それにしたって、と思い出してしまえば顔がじわじわと熱くなってくる。  やっぱり、生徒会会長やってるだけはある。ろくなやつじゃねぇ。  一人歩いていると、不意に、通路突き当りから一つの影が飛び出してきた。  ぶつかりそうになり、咄嗟に立ち止まったとき、同様相手は「わっ」と慌てて立ち止まる。 「あっ、すみませ……って、あれ? 尾張君?」 「……えーと……」 「岡部です!」  すっかり忘れていた。 「ああ、そうそう」と笑って誤魔化す俺。  それにしても、岡部の部屋はこっちではなかったはずだが。  どこか様子のおかしい岡部が気になって「どうしたんだ?」と尋ねてみれば、岡部は僅かに表情を曇らせた。 「いえ、あの岩片君見かけませんでしたか?」 「俺も今日はまだ会ってないけど……」 「……そうですか」 「んで、あいつがどうしたんだ?」  まさかまた悪さでもしでかしたのか。  珍しく歯切れの悪い岡部が気になって、更に突っ込んでみれば岡部は迷ったように視線を泳がせる。  そして。 「いえ、今日ゲーム貸す約束してたんですが朝から教室にもいなかったんで、尾張君も休みだからもしかしてって部屋を訪ねたんですけど……」  その言葉に背筋が薄ら寒くなる。  一言で纏めるならば、嫌な予感。 「部屋にもいないのか?」 「……はい」  その時、なぜか俺の頭の中には昨夜岩片から届いていたメールが浮かび上がった。 『今すぐ戻ってこい』  もしかして、とか色々な可能性について考えるよりも先に、体が動いていた。 「あっ、尾張君!」  自室に向かって駆け出す。後から岡部がついてくる。  部屋に辿り着くまでの短い時間の中、俺はこの嫌な予感が的中しないことをただ祈っていた。  学生寮、自室前。  カードキーを使い、扉を解錠したまではよかった。  開きっぱなしになった扉の前、部屋のその酷い有り様に俺はただ呆然と立ち尽くしていた。  ひっくり返った机に床の上に散乱する食べ残し諸々  元々どちらもずぼらなので部屋自体綺麗な方ではなかったが、それでもこの散らかり方は可笑しい。  開いた窓から吹き込む風が酷く冷たくて。  つーかなんで開きっぱなしになってんだよ。  不穏なものを感じ取りざわざわと騒ぎ始める心臓を必死に落ち着かせ、俺はその部屋の中へ入った。  荒れた部屋の中、岩片の姿はなかった。  俺のスペースまでやって来れば、目的である充電器はすぐに見付かった。  携帯端末を充電しているその間、追い付いた岡部とともに部屋を調べることにした。 「あの、尾張君、これ」  セミか何かのように綺麗に脱いだまま散らかった岩片の服を馬鹿丁寧に一枚一枚拾っては洗濯カゴにぶち込んでいると、岡部が何かを見つけたようだ。  名前を呼ばれ、岡部の手元を覗き込めばそこには封筒が握られていて。 「これってなんなんですかね、そこの棚の上に置かれていたんですけど」 「日木し…じ、じょう…?」 「あの、多分果たし状なんじゃないですか?」 「果たし状っ? ……字下手過ぎだろ……」  筆で書かれたその果たし状を受け取った俺は早速その封筒を破って開ける。  その中には一枚、白い紙には封筒の文字同様字を覚えたての小学生のような字が踊っていた。 「えっと……『もじゃもじゃをあずかった。もじゃもじゃを返して欲しければ4かいラウンジのVIPルームまで来るように。注い、一人で』……なんだこりゃ」 「多分あの、脅迫文じゃないんですか?」 「すげー頭の悪そうな脅迫文だな……」  というか早速もうこの果たし状書いたやつがわかってしまったんだけれども。  ああ、嫌な予感しかしないと思えば案の定。会長の次はあいつか。というかこの日本語力は男子高校生として大丈夫なのだろうか。そっちの方が心配になってきた。 「尾張君、どうするんですか?」  果たし状を手にしたまま押し黙る俺から何か感じたのだろう。  不安そうにこちらを見上げてくる岡部。 「どうするもなにも、行くしかねえだろ」 「一人でですか?」 「まあ、そう書いてあるしな」 「でも……」 「大丈夫だって、心配しなくていいから」  どちらにせよ、この果たし状の送り主が岩片のことを嫌っているのは知っている。  そんなやつに岩片が連れて行かれたというならば、逸早く助けるしかない。でなければこの送り主が危ない。私怨に走った岩片はそこら辺の飢えた野良犬より凶暴だ。  被害が拡大するために止めなければ。  一人決意を固める俺はその決意が和らいでしまう前に、と足を踏み出す。その時だ。 「尾張君、あの、待って下さい!」 「ん?」 「これを……なにかあったときの為に」  そう言いながら、たどたどしい動きで制服から何かを取り出した岡部。  それは手のひらサイズの筒状のスプレーのようで。 「あの、これ、俺が作った唐辛子スプレーです。相手の顔を吹き掛けると目を潰すことが出来るのでぜひ使って下さい!」  こえーよ。こんなもの作ってるお前がこえーよ。 「あ、ありがとな。……御守にする」  願わくばこのスプレーを使用せずに済むように。
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