ep.3 ヒーロー失格

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 というわけで、岩片奪還のために言われた通り四階ラウンジへ来たのはいいんだけれども。  元は生徒たちの憩いと交流の場としての役割として作られたであろうラウンジはいかにもな連中の巣窟と化していて。 「よー、ハジメちゃんー。マジで来たんだ?」 「すげー、マジやべー」 「俺生ハジメ初めて見たわ」  全く知らないやつしかも男に呼び捨てにされるとムカつくものがあるが、ここまでくると誰の類友なのかわかりやすいのでまあよしとする。  まあ、最初から想像はついてたが。 「なあ、VIPルームってどこにあんの?」  面倒なので一番近くにいた連中に聞いてみる。  こういう連中はノリでしか動かないのでフランクな感じのがウケがいいのだ。俺豆知識。 「てめえ二年のくせに誰にタメ使ってんだコラ!」  ブチ切れたチャラ男に胸ぐら掴まれる。  俺豆知識の役立たずめ。 「ちょっとちょっとちょっと~、俺のハジメ君に何してくれてんのー?」  うわやべえ面倒くせえとか思った矢先だ。  背後から聞こえてくるその緊張感のない声に、一瞬にして周囲が静まり返る。  俺の胸倉を掴んでいたそいつは青くなり、「マドカさん」と慌てて俺から手を離す。  神楽が自ら出てきてくれたのはよかった。よかったけれども。 「俺、いつお前のものになったんだよ」 「え~? ハジメ君俺のこと嫌いなのー?」 「それとこれは関係ねえよ。……って、お前、なんかまた頭すげーことになってんな」 「黒飽きちゃったからさぁ~、今度は色抜いてみたんだー」 「どーかなぁ?」なんて、自分の毛先を指で弄ぶ神楽の髪は白に近い金髪で。  色が白いのでよく馴染んでいるが、ここ最近金髪とも良い思い出がない俺は構えずにはいられなくて。 「なんか、ガイコクジンみてぇ」 「ん? そう? 頭良さそう?」  もしかして神楽の中では英語できる=天才みたいな形式でも成り立ってんのだろうか。  嬉しそうに笑う神楽はいつもと変わらない。  そう、人に脅迫状を叩きつけておいて、だ。 「神楽、それで、わざわざこんなもの人の部屋置いてどういうつもりだ?」 「岩片はどこにいるんだ」と、尋ねれば神楽はつまらなさそうには頬を膨らませる。 「野暮だねぇ、ハジメ君。野暮野暮さんだよぉ。それは」 「悪いけど、俺は忙しいんだよ」 「そんな忙しいって中であんなやつのこと迎えにくるわけ?……面白くないなぁー」  なかなか本題に入ろうとしない神楽に焦れ、「神楽」とやつの名前を口にしたとき。 「ついておいで」  くるりと踵を返す神楽。  どこへ、と聞き返すよりも先に「ちゃんと手紙読んだんでしょお?」と神楽は首を傾げた。 「お話はぁ、VIPルームで」 「約束したしね」と無邪気にはにかむ神楽は、ラウンジのその奥、一際重厚なその扉を指さした。  その扉を立ち塞ぐように立つ、ラウンジに巣食ってるチャラ男たちとは打って変わって厳つい男子生徒たちの姿になんだかもう嫌な予感しかしないが、岩片のことだ。そんな俺を見て愉しんでるに違いない。  ならば、そんな岩片をさっさとぶん捕まえて帰るまでだ。  以前、神楽にラウンジ奥の個室へと連れて来られたことがある。  あの時のあのクーラーガンガンの個室がVIPルームかと思っていたがどうやら違うようだ。 「ようこそハジメ君、俺のVIPルームへ!」  俺の?妙な言い方をする神楽に引っ掛かったが、今俺にとってそんなことどうでもいい。  広い室内。赤いカラーライトに照らされたその部屋に踏み入れた瞬間、鼻腔に染み付いてくる甘ったるい匂い。  アロマだかなんだかだろうか、部屋には消臭剤を常に置いている俺からしてみれば臭くて堪らない。  先程までと違う空間だからか、異常なまでの赤い部屋はいるだけで気分が悪くなった。  視覚的なものは勿論、匂いもだ。 「……おい、岩片はどこだよ」  さっさと終わらせて早くここから出たい。  けれど、部屋の中にはL字に沿って並べられた革ソファーとローテーブル、その他雑貨でごちゃついてるばかりで、あの目障りなくらいのもじゃもじゃ野郎の姿は見当たらない。  部屋の中までついてきた厳つい男二名をバックに、神楽は「えー」と不満そうに唸る。 「お部屋の感想はないの~?」 「感想って言われてもな……目が痛いな」 「……本当にそれだけ?」  そう、にやりと神楽の口元が緩むのが見えた。  どういう意味かわからず、「は?」と聞き返そうとした時だった。  ドクン、と鼓動がやけに大きく響く。 「……別に、それだけだけど?」  汗が滲む。やけに落ち着かない。どこに目を向けてもちらつく赤の色が目障りで、呼吸をして落ち着かせようとしても体内に流れ込んでくる甘い薫りに吐き気が込み上げてくる。  対する神楽はいつもと変わらない様子で。 「ふーん、ふんふん、なるほどねぇ~。ありがと、参考になったよー」  言いながら、制服から携帯を取り出す神楽は目の前でそれを弄り始める。  自分がこいつのペースに飲まれそうになっているのが悔しくて、「ちょっと待てよ」とやつの携帯を取りあげた。 「あっ、もーハジメ君返してよ~」 「岩片はどこにいるんだよ」 「はぁ? もじゃ~? まだハジメ君そんなこと言ってたんだ? うけるー」  楽しそうに笑う神楽。対する俺はなんかもうブチ切れる寸前だった。  結論から言えば、岩片はここにはいない。  それが全てを物語っているわけで。  騙された。  ……いやでも待てよ、だったらなんだあのメールは。しかも、部屋も荒らされてたわけだし。 「もじゃもじゃならここにはいないよぉ? どこにいるかは気が向いたら教えてあげる~」 「なんだよそれ……」 「ああ、もーそんな顔しないでよー。別に教えないっては言ってないんだからさぁ~」 「ただ、ハジメ君がその気にさせてくれたらねって話でしょ~?」ほら、簡単でしょ。そうにこっと笑う神楽の笑顔が酷く気味悪く見えたのはこの室内の照明のせいだろうか。  背後でガチャリと鍵が掛けられる音がして、額から流れ出した汗が頬を伝い顎へと落ちる。 「その気って……」 「も~、ハジメ君ったらそーやって知らないフリするんだもんねぇ。初めてじゃないくせにさぁ? 酷いよねぇ、俺、ハジメ君のこと信じてたのに~」 「いや、なんのこと言ってるんだよ、まじで」  ナニが初めて云々は残念なことに察することは出来たが、俺が初めてじゃない?意味がわからない。いつの間に俺は経験済みになったというのか。というかそんなことを当たり前のように会話している時点で相当俺も毒されているが、こんな状況だ。少しでも最悪の事態だけは避けたかった。 「風紀のバカ連中にヤラれたんでしょ~? あーあ、ほんと最悪ー。あいつらの後になるんならやっぱさっさとヤっとけばよかったなぁ」 「ちょっと待てって、風紀だって?」 「風紀の眼鏡と金髪に一番取られたって会長が泣いてたよ?」  政岡零児、またあいつか!! 「んなわけねーだろ! あいつの言うこと信じてんじゃねーよ!」  流石にブチ切れそうになった。知らぬ間に脱処女疑惑掛けられてわけもわからん部屋に閉じ込められるわ岩片はいねえし完全に無駄足じゃねえか。  怒鳴る俺に少しだけ神楽は目を丸くさせる。 「本当に? ほんっとーに、ハジメ君まだ処女なのぉ?」 「しょッ……そうだよ」  なんでこんなことごつい男たちがにやにや見守ってる仲告白しなければならないのか全くもって理解できないが、なぜだろうか。この部屋にいると頭が働かなくて、言葉を選ぶ余裕がなくて。  意味もなく、気が急く。 「これでいいだろ、だから、別に神楽が気にすることなんてな……」 「なら、誰かに取られちゃう前に貰っとかなきゃねえー」 「……は?」  どうしてそうなるのがまじで理解できなくて、ほんの一瞬。俺は思考を放棄してしまった。  それがまずかった。 「っ、ぐッ」  伸びてきた神楽の手に胸倉を掴まれ、体ごと引き寄せられる。  どんな馬鹿力だと驚いたが、違う、ただ単に俺の抵抗力が低迷してしまっているだけなのだろう。  そんなこと、どうでもいい。 「てめ、ぇ……ッ」 「なるほどなぁ、ハジメ君は赤だと口が悪くなっちゃうんだねぇ。勉強になるな~」 「何言って……」  咄嗟に神楽を引き離そうとした矢先、そのまま頬へ触れてくる神楽の指先。  両頬を挟むように顔面を固定され、必死に藻掻くが呆気もなく唇を重ねられてしまう。 「ふ、……ッ」  脊髄反射で唇を硬く閉じれば、間一髪神楽の舌の侵入を防ぐことに成功したが、身についてしまったいらん学習能力に自分で悲しくなる。  舌が入らなければ、あとはコイツを突き飛ばせばいい。  そう、思うけど。 「ぅ、……ッ! んん……ッ!」  閉じられた唇にお構いなく、這わされる薄い舌の生々しい動きに気が遠くなる。  舐められた箇所が酷く熱くて、やつの薄い胸板を叩こうと拳を固めるが、少しでも気を許したら唇を開いてしまいそうで。 「っ、ん、……ハジメ君って結構強情だよねぇ……」  強情という問題ではないが、もう二度と男に舌入れられたくない、その思いは揺るがないはずだろう。だとしたら、俺は強情でもいい。 「まっ、いーけどさぁ……」  長い神楽の舌が離れた矢先、「えいっ」と神楽に鼻を摘まれる。  頑なに唇を閉じている俺、勿論、唯一呼吸器官として機能していたそこを塞がれたら息が出来ないわけで。 「……ッ!」  すぐにやつの魂胆は理解できた。それでも、意地でも口を開きたくなくて。  赤い部屋の中、息を止める俺を楽しそうに眺めている神楽と視線がぶつかった。 「さぁーて、ハジメ君はどれくらい保つんだろうねぇ~」  正直のところ、既にもう苦しい。頭に血が昇りそうになるのがわかって、なんとしてでも神楽を振り払おうとやつの手首を掴むが、ぎゅっと握り締めたつもりでも力が入らない。  気ばかりが焦る。苦しくて、既に酸欠状態の俺だが、だけどどうしても自ら口を開くような真似はしたくなくて。  目の前が白くなる。  暑くもないのに汗が流れ落ち、神楽の声がやけに遠く響いた。
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