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登校前日。
寮に荷物を起き、今日から通う高校の下見に来ていた俺は目の前に聳える校舎を見上げる。
本当にど田舎だった。ここまでくる途中、岩片が用意した車に長時間揺すられ、勿論無駄に高級車なので酔いはしないのだが見渡す限りの田んぼに山にと正直やることと言えば岩片と話すか寝るかくらいしかなく、おまけにそれが何時間とある。朝一番都心から飛行機に乗り継ぎ、そこからまた車で移動して……俺は疲弊しきっていた。岩片というとゲームしてやがるし、こいつ俺には荷物最低限でいいんじゃねえの?とか言っておいて自分ばっか時間つぶしの道具持ってきやがって……。
とまあ、そんなこんなでようやく目的地についたときは既に昼過ぎ、空には赤みがかかっていた。
学生寮は、まあ思ったよりも小綺麗だった。
……まあ、思ったよりもだ。荒れに荒れた入り口前とか吸い殻が詰め込まれた酒瓶とかそんなものを抜きにすれば、建物自体はしっかりとしている。
岩片は、寝てる。早朝から動き始め、ここまでずっと移動だったのだ。寝たい気持ちは痛いほど分かる。けれど、俺にはやりたいことがあったので、部屋に岩片を放置したまま学園敷地内を徘徊していた。
明日からの登校に備え、危なそうな場所はないかとか、最低限迷子にならないようにのルート確保。あとは、最短距離や、逃げ道など。
何故俺がこんなことをしているのかといえば、単純明快。
この学園は悪名高い不良高校だったのだ。
岩片のやつ、なんで転校先でこんな治安の悪い場所を選ぶのか全く理解できない。ネットで検索かけたら批判じみた内容だったり、ニュースサイトのページやらばかりが引っかかっていたので気になっていたのだ。
暴力沙汰に薬物沙汰、他にも調べだしたらきりがない。どこまでが嘘か本当かはソースがネットなだけにわからないが、それでも火がないところに煙は立たないというやつだ。
というわけで、校門くぐった瞬間リーゼントの男たちに囲まれないかヒヤヒヤしていたのだけど、俺の心配は余所に人気は全く無い。だから、とにかく明るい内に万が一のための避難経路も探っていたのだが……。
「君さぁ、もしかしてぇ尾張元くん?」
不意に、声を掛けられる。
緊張感のない、間延びした声。誰だと思い振り返れば、そこには見慣れない制服姿の男がいた。この学園指定の血のように濃い真っ赤なブレザーと白いシャツ、それ着崩した明るい茶髪をワックスで弄んだ優男。第一印象、軽そうなやつだと思った。背は高いが、筋肉はなさそう。不良というよりも、肉薄なチャラ男。至るところにつけられたシルバーアクセサリーがそう思わせるのかもしれない。
「……そうだけど、あんた誰?」
「あっやっぱりそうだぁ。見慣れない顔だから一発でわかっちゃった! 俺は神楽麻都佳だよー。一応、ここの二年生なんだ」
よろしくねえ、とにへらにへら破顔する神楽は生白い手で俺の両手を握りしめる。触れられた瞬間、ぞわりと背筋が震えた。見た目よりも骨っぽく、堅い指の感触。無遠慮に指を絡め取られそうになり、俺は慌てて手を離しながら「よろしく」と笑って誤魔化した。
……なんか、妙な触り方をしてくるやつだな。
田舎のやつはここまでベタベタ触ってくるのか。
女の子に触られるならまだしも、男相手にベタベタ触られるのはあまり好きではなかった。
けれど、予想していたよりも友好的な態度をとってくる相手に内心ほっとする。
悪名高い不良高校とはいえど、ネットのニュースで出てきたのは数年前のものが大半だ。
今年はまだ大人しいということなのだろうか。
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