ep.3 ヒーロー失格

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「……っ、は」  それはもう、俺の意思とは関係ない本能的な動作だった。  このままではダメだと察した俺の防衛本能が、勝手に唇を開いて空気を吸おうとしたのだ。  口いっぱいに広がる新鮮な酸素にホッとしたのも束の間、すぐに自分のしたことに気付く。  そして、目の前の神楽の笑顔にも。 「四十二秒」 「おめでとうっ!」とはにかんだ神楽は、そのまま問答無用で舌を咥内へと深く挿入させてきた。  新鮮な空気とともに口いっぱいに入ってくる他人の舌。  それを慌てて押し出そうとするが、窄まったこちらの舌に絡み付かれればろくに動かすことも出来なくて。 「っ、は、ぁ……ッ」  吐息混じり、神楽の舌と口の中で絡む度に響く濡れた音がただただ不愉快だった。  座ってる体勢ならまだよかった、蹴ることも出来る。  なのに、立ったまま上半身を引き寄せられてしまえば、思うように動かない。  それ以上に、なんか甘い味が神楽の舌から流れ込んでくるみたいで、余計、立ってられない。 「ふ……んんぅ……ッ」  何かがおかしいとか、わかっていたはずだ。  酸欠のせいでふわふわしていた頭の中は神楽の舌で余計掻き乱され、ろくに考えることもままならない。  ただ、口の中で蠢き、根本から先端までを擦り合わせるように絡んでくる神楽の舌の感覚だけがやけに鮮明だった。  それでも空気が欲しくて、求めるように呼吸を繰り返せばその度に室内に充満した甘ったるい匂いが流れ込んできて、立ってられない。  この自分の思い通りにならないような不愉快極まりない感覚には身に覚えがあった。  神楽に妙な飲み物を飲まされた時と同じだ。俺相手に二番煎じとはいい度胸だ。  目が回る。赤い色に酔いそうになって、そこにきて神楽に根こそぎ酸素ごと舌を吸い上げられれば頭の中は真っ白になったまま暫く機能麻痺する始末で。  長いキスの間、まるで生きた心地がしなかった。  死んでいるのかもわからない、自分がなにしてることすらも。  ちゅぼんと小さく音を立て漸く神楽の舌は引き抜かれた。  そして、開きっぱなしで唾液駄々漏れていた口元を舐め取られる。  その舌の感触に驚いて顔を上げれば、ニコニコと笑う神楽がいて。 「んー……やっぱ、ハジメ君可愛いねえ。でもでもでもっ、俺以外とこういうことしちゃ駄目だよ~?」 「っ、するかよ……ッ」  というかお前ともしたくないが言ったところで聞いてはくれないのだろう。  咄嗟に唇を拭おうとした矢先だった。 「本当っ? 嬉しいなぁ」 「っ、おいっ!」  抱き着かれ、思わずバランスを崩しそうになる。  けれど、背後、腰に回された神楽の腕に抱き留められ、みっともなく尻餅をつかずに済む。  しかし、すぐに尻餅でもついてでも奴の腕から逃げた方がよかったと後悔するハメになるのだけれども。 「神楽、おい……っ」  人が見ている前で、というかこいつらも神楽とグルなのだが、それでもやっぱり俺にとって人目以外の何者でもない。  腰に絡み付いてくる神楽の腕を引き剥がそうと掴んだ瞬間、丁度腰回りを支えていた神楽の手がもぞりとケツに伸びてきて。  次の瞬間、衣類越しに両方のケツをぎゅっと揉まれ、口から心臓が飛び出しそうになる。 「ッな、てめ、手ぇ離せって!」  逃げ腰になって逃れようとするが、離れれば離れようとするほど腕に力を込めて抱き締めてくる神楽から逃げることが出来なくて。  咄嗟に神楽の腕を掴むが、輪郭を確かめるようにぐしゃぐしゃに揉みしごかれれば衣類越しとは言えもどかしい刺激に下腹部の力が抜け落ちそうになる。  そして、終いにはこいつだ。 「んー? どうしてぇ?」 「ど、うしてって……っ」 「ハジメ君のお尻はこぉーんなに柔らかくて気持ちいーのにさぁ?」  やめるどころかにやにや笑う神楽の手の動きは大胆になってきて、腿の間、股倉に挿し込まれた指に割れ目を探るように穿られればぞくりと全身に寒気が走る。 「ぅ、……ッ」  やばい。妙なこの部屋のせいか、力が入らない。  こんなことになってると岩片にバレたら何を言われるかわかったものではない。 「か、ぐら……ッ」 「どうしたの? ハジメ君。そんなに辛そうな顔して……」  お前のせいだよ馬鹿という言葉をなんとか寸でのところで飲み込んだ。  もうこいつはあれだ、ヘタに逆らったら余計厄介なことになるから取り敢えず下手に出てやろうと試みる。  が、 「せめて、座って」 「嫌だ」 「はぁ?」 「その目、分かるよぉ俺。何か企んでんでしょ?何回も逃げられるわけにはいかないからさぁ?」  座ったところを膝蹴り食らわしてやろうとしたのだがバレてる。こいつ学んでやがる。  神楽がただのちゃらんぽらんではないということか。  それはそれでいいことなのだろうが今の俺にとって学習機能搭載神楽は厄介以外の何者でもない。 「っ、おい、神楽……」  いい加減にしろ、と神楽の手首を掴む。  けれど、 「待たない」 「待つ必要ないよねえ、ここ、俺の部屋だし」そう、無茶苦茶なことを言い出す神楽。  弄るように下着の中、滑り込んでくる神楽の手に全身から血の気が引く。  なんとかして引き抜こうと指先に力を込めるが、神楽は全く気にしていなくて。  ケツの穴、触れる神楽の濡れた指に心臓が口から飛び出そうになる。  デジャブ、それもあまりよくない方のデジャブだ。 「やめろって、まじッ」  慌てて目の前の神楽の腕を掴むが、躊躇いもなく体内に捩じ込まれる指にその後の言葉は続かなかった。  有り得ねえ、まじかよこいつ、流石にまずいと思って腰を引こうとすればそれを見抜かれ腰を抱き寄せられる始末で。 「っ、てめ」  逃げようとすればするほど強く腰を抱き寄せられ、逃げられなくなった下腹部へ深く、中へと入り込んでくる細い指に全身が強張った。  いつの日かのクソ眼鏡たちに鉄の医療器具突っ込まれたときに比べれば異物感はなかったが、密着した体から流れ込んでくる神楽の体温が不愉快で。  そしてなにより、ひんやりとした神楽の指に反応する自分に腹立って仕方がない。 「っ、離せ」 「ハジメ君結構腰細いねー」 「……ッ」 「腰、動いちゃってるよ?」  耳元、囁かれるその声に喉が震える。  そんなはずない、ハッタリに決まってる。そう思い込もうとすればするほど意識が下腹部に集中し、先ほど以上にその指の動きが生々しく伝わってくる始末だ。 「ふ、ぅ……ッ……」  唇を噛んで堪える。  けれど、腹の奥を抉られる度に全身の筋肉が硬直し、汗が滲んだ。円を描くように中をなぞる指に言い表し難い何かが競り上がってくるのが自分でも分かってしまうものたから、嫌になる。 「かぐ、ら……ッ」 「中、こぉーやってぐちゃぐちゃに掻き回されたら気持ち良くない?」 「ッ、ん、ぅッ」  矢先、大胆になるその指の動きに一瞬頭の中が真っ白になる。  腰から力が抜けそうになったところを神楽に抱き寄せられ、慌てて離れようとするにも力が入らなくて。 「きもち、よく……ねえから……っ全ッ然ッ」  そう毒づくことが精一杯で、睨み付けたその先、きょとんとしていた神楽だったがそれも束の間。 「あはっ」と笑みを零す。 「そうだよねえ……もっと、深くしなくちゃね」  その笑顔にただならぬ嫌な予感を覚え、身を引こうとした矢先のことだった。  上半身を腕で抱えるよう抱きかかえられる。  強制的に突き出された下腹部にまずいとバタつくものの、間に合わなかった。 「っ、ぁ……ッ?!」  指一本でもちょっとケツの中がやばい感じがするそこに容赦なく二本目を捩じ込まれる。  肛門を押し広げるよう挿し込まれる指に、ぞくりと背筋が凍り付いた。 「ぁっ、て、め……ぇ……ッ」 「ん~、流石にキツイみたいだねぇ。でも、安心したよぉ」 「おい」と、傍に立っていた男に呼び掛ける神楽。  視界いっぱいの神楽にばかり気を取られていたが、そうだ、人がいるんだった。  余計なことを思い出してしまったため居た堪れなくなっている俺を他所に男から何かを受け取る神楽。  それが何なのか、掠れる視界の中やつの手に目を向けようとするがすぐに俺の背後に回されてしまう。 「想像よりも締まりよくて、俺も勃起しちゃいそう」  頬を触れ合わせるように顔を寄せてくる神楽になんだかもう生きた心地がしない。  言葉通り下半身になんか嫌なものがゴリゴリ当たってるしこれはもう、これ以上は耐え切れない。  使いたくなかったが、岡部から授かった殺人スプレーを使うしかないようだ。  そう、制服のポケットに手を伸ばそうとしたのとほぼ同時に、背後で神楽が手を動かすのがわかった。  次の瞬間、 「んんぅ……ッ!」  腰から下、丸出しになっているであろうケツに液体を垂らされる。冷たくはなかったものの、人の体温に暖められている余計な気遣いが余計気持ち悪くて、皮膚を滑り落ちていく粘っこいその感触に思考停止する。 「……ッ、な、んだよ、これ」 「んん? あれぇ? ハジメ君知らないのぉ?」  いや知ってるけども、残念ながら知ってるけれども。  なぜそんなものが俺のケツに練り込まれなければならないのかが理解出来ない。  ローション絡ませた神楽の指にケツの穴拡げられたかと思えば問答無用で入り込んでくる複数の指に、流れ込んでくる生温いそれに、背筋が震えた。 「っ、や、め」 「言ったでしょー? 俺、初めての子には優しくする主義だってさぁ」  こんな優しさいらない。  神楽から離れたいのに、ケツを揉んでくるその手を止めるだけでも精一杯で、それすらまともに止めることも出来ない今ポケットの殺人スプレーを取ることすらままならない。  せめて、隙を。そう思うのに、体の中、蠢く複数の指に乱雑に内部を刺激されれば頭の中が真っ白になって、あ、ちょっと待ってまじでやばい。なんか、めっちゃ涎止まらない。 「ッ、指、やめろ……っ」 「いいよぉ、止めてあげる」  耳元、囁かれる予期せぬ言葉にまじで、と動きを止めたとき。  神楽の薄い唇が笑みを浮かべる。 「君が俺と付き合ってくれるんならねえ」  どうせそんなことだろうとは思っていた。  土下座くらいならしてやろうかと思ったが、俺にも事情ってものがあるのだ。  これくらいで屈服したことでネチネチ岩片に詰られるくらいなら、ケツ弄くり回されるくらいどうってこと……あるけど、その言葉にだけは従う気にはなれない。 「い、やだ……ッ」 「あれえ? なんでえ? 結構、俺達上手く行くと思うんだけど」  何を根拠に、性生活の擦れ違いから付き合って二日で破綻するのは目に見えているだろう。  そもそも、大前提として俺は男と付き合うつもりはない。  ないのだが、 「っ、は、ァ」 「ほぉら、すごいハジメ君のナカ、俺の指に吸い付いてくるしぃ? ぜーったい相性いいって、俺達」 「……ッ」 「ねえ、ハジメ君?」  耳元、寄せられた唇にそのまま耳朶を舐められればぞわりと全身に鳥肌が立つ。  同時に執拗に中を揉み解してくる神楽の指の感触に、全身の熱が上がるのが分かった。  腹の奥底、不快感とともに競り上がってくるなにかに息が苦しくなって、視界が霞む。サウナに入ったみたいな、あまりの熱で脳味噌茹で上がったんじゃないかと思うほどだ。 「や、めろ……ッ」  ローションを練り込むように動くやつの指先に腰が震えそうになる。  口だけでも、否定しなければそれこそどうにかなってしまいそうだった。  そして、その度に神楽は、 「じゃあさ、付き合ってくれるの?」  耳元で囁かれるその声は酷く甘く響く。  付き合えば、やめてもらえるというのか。  執拗にケツばかりを弄ばれられ、そろそろ肛門の形が変形してきたのではないかと思いはじめていた俺だったが脳裏を掠めるモジャ野郎の顔に慌てて思考を振りはらった。  唇をきつく結び、何も応えない俺に神楽は少しだけむすっとした。それも束の間のことだ。 「……まあいいけどねえ。持久戦は俺、得意だからさぁ」 「っ、ぃ」  指を挿入したまま腰を掴まれたかと思えばそのままぎゅうっと抱き締められる。真正面から抱き締められ、上半身も下半身も密着した状態、下腹部、擦れる嫌なその感触にまるで生きた心地がしない。 「降参したくなったらいつでも言ってよ。止めてあげるからね?」  そういって、もう片方の空いた手、指に舌を這わせた神楽は笑う。  岩片、お前が今まで神楽を嫌っていたわけがわかったぞ。
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