ep.4 一歩下がって二歩曲がる

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 このままでは本当に厄介だ。 「っ、やめろ、この……馬鹿……ッ!」  なんとかしてでも抜け出そうと藻掻くが、首を掴まれ、首筋に歯を立てられれば動けなくなる。 「……ッ、く、ぅ……ッ」  シャツ越しに胸をもみくちゃにされ、汗を舐め取るように舌を這わされる。  頸動脈、軽く食い込む歯の感触に呼吸は加速した。 「五十嵐、本当、やめろ……ッ」 「……」 「五十嵐ッ!」  無遠慮に乳首を揉みしごくその指から逃げるよう身じろぐ。  そんな俺を無視し、肩口から顔を離した五十嵐はそのまま唇。塞いできた。 「っ、ん、ぅ、んんッ」  噛み付かれ、咥内を掻き乱される。  粘膜を舐められれば頭の中がぐずぐずに蕩けそうになり、乳首を引っ張られ、寸でのところで現実に引き戻された。  服の上から触られて気持ちいいわけがない。  そう思うが、固く尖り始めたそこに衣擦れする度に言葉にし難い感覚がこみ上げる。  掌全体で筋肉ごと揉まれれば、言いようのない恥ずかしさに顔が熱くなった。 「っは……ッさっきまでの威勢はどうした? もう諦めたのか?」  声を出さないように、必死に声を押し殺す俺を見て五十嵐は吐き捨てる。  誰のせいだと思ってるんだ。  答える代わりに睨み付ければ、五十嵐の指が、シャツに触れる。 「……あいつの言った通りだな」  咄嗟に、五十嵐の手を掴んだときだった。  聞こえてきた言葉に、思わず顔を上げる。  あいつって、今。言ったよな。岩片の顔が脳裏を過る。  まさかとは思うが、これも。  そこまで考えて、血の気が引く。  俺の制止も無視して、五十嵐は無遠慮にボタンを外していく。指を掴み、引き剥がそうとするが、それを邪魔するようにキスをされた。 「……っ、ん、んん……ッ!」  何度目かなんて数えたくもない。  こいつは何も感じていないと思うと酷く腹が立ったが、俺の気を逸らすには充分だった。  大きく開かされた胸元に、五十嵐の指が直接皮膚に触れる。  服越しから感じるものとは違う、硬い、男の指だった。 「ゃ、めろッ、おい……ッ!」  汗ばむ皮膚を滑り、ゆっくりと胸元から乳輪付近へと這わされれば背筋が震える。  先程までの乱暴な触れ方とは違う、焦らすようなその指の動きに呼吸が浅くなった。  やめろ、と必死に五十嵐の胸板を殴るが、ビクともしない。  それどころか、至近距離、冷たい目でこちらの表情を観察してくる五十嵐に余計居た堪れなくて。 「っぅ、うぅ……ッ!」  既に凝ったそこには触れぬよう、乳輪の膨らみを指の腹で擽られる。  それだけで、面白いくらいに上半身が跳ねた。  どうしてなのか自分でも分からない。  男に触られて喜ぶ趣味なんてない、ないつもりなのに、撫でられるだけで恐ろしく身体が反応してしまうのだ。  確実に、昨日までのあれこれが原因なのは分かっていたが、それでもだ。限度がある。 「っ五十嵐、本当、やめてくれ……ッ!」  淫乱だなんてはしたないことを言いたくはないが、五十嵐の言葉を意識して余計感覚が尖っていることは間違いない。  首を横に振り、五十嵐の指を握れば、触れたそこから微かに五十嵐が反応したのが分かった。 「……五十嵐」 「……もっとしてくれ、の間違いじゃないのか?」  冷ややかな声。  密着した中、ぐっと下腹部を膝頭で刺激されれば、既に張り詰めていたそこに電流が走る。 「っ、五十嵐……ッ!」 「……物足りないんだろう、ここが」  緩められたウエスト。  伸びてきた五十嵐の手に、下着越しに膨らんだそこを撫でられれば今度こそ腰が抜けそうになる。 「濡れてるぞ」  本当、本当、本当、なんなんだ。なんだ、俺が何かしたっていうのか。  怒りを通り越して虚しさと恥ずかしさで泣きたくなる。  刺激されれば反応するのが男の性だから仕方ないだろうと言い返してやりたかったが、今までの俺ならこんなことにならなかったのかもしれない。そう思う自分がいて、余計居た堪れなくなる。  先走りの染みが滲んだボクサーパンツを撫でられれば、ぬるりとした感触を覚え、耳が熱くなる。耳だけではない、下腹部も、胸も、触れられた箇所が焼けるように熱いのだ。 「嫌だ嫌だ言う割には、しっかりと感じるんだな」  これならば、肛門が裂けるレベルでグチャグチャに突っ込まれた方がましだった。  耳朶を舐められ、息を吹き掛けられればその生々しさに脳味噌が直接掻き混ぜられるような、そんな錯覚を覚える。  触れるか触れないかの瀬戸際で擽られ、胸の奥で何かモヤモヤとしたものが燻り始めるのだ。 「……っ、お前が、お前のせいだよ……お前が……ねちねち……触るから……っ」  もどかしさに、頭がどうにかなりそうだった。  触らない方がましだ。そう頭では思っていても中途半端にくすぐられたそこは期待し、もっと強い刺激を求めるように尖るばかりで。  胸全体を包むように這わされた掌、やはり乳首には直接触れないように揉む五十嵐に自然と声が震えてしまう。 「……思った通り、堪え性のないやつだな」  否定は、出来ない。正直、自分が限界のかなりギリギリのところに来ているのは自覚していた。  それでも、五十嵐に強請ったら本当に今まで保っていたとの全てが崩壊しそうになる。  今更だと言われても、それでもなんとか保っていたものだ。 「いいよ、も、俺が尻軽でもなんでもいいから、そろそろやめてくれ。……じゃないと、本当、俺……っ」  触れそうで、触れられない。  五十嵐の大きな指で乳首を強く摘まれたらどれ程の刺激を感じることになるのだろうか、とか、直接舐められたらすごく気持ちいいかもしれない、とか、そんな考えばかりが頭の中でぐるぐる回ってただただ苦しい。  変な薬を飲まされたわけでもない、だからこそ余計認めたくなかったが、これ以上は無理だ。  そう思って、五十嵐に懇願すれば、じっとこちらを見た五十嵐は俺から手を離した。 「……そうか」  そして、自分のネクタイをしゅるりと引き抜き始める五十嵐。  何をしてるのだろうかと思ったときだった。  両手首を掴まれる。 「っ、え……」  デジャブ。  外したネクタイを咥えた五十嵐に嫌な予感がして、慌てて逃げようとするが抱き締めるように後ろ手に拘束され、あっという間に両手首をネクタイで縛られた。 「っ、なんで、五十嵐……っ!」 「言っただろう、お前には一から教えなきゃいけないと」  言った。  確かに、言ったけど。 「お前、自分で触るつもりだっただろ」  その言葉に、ぎくりと身体が強張る。  正直、五十嵐に許しを乞うてその後思いっきりオナるつもりだった。  だって、普通だろう。俺がこの世で一番嫌いなものは我慢だ。そして次点に話が通じない眼鏡。それはさておき、このままねちねち触られるくらいなら認めて楽になりたいと誰もが思うだろう。 「お前勘違いしてるだろう? 俺がなんでわざわざお前みたいなクソビッチを気持ち良くさせなければいけないんだよ」 「く、クソ……ビッチ……?」 「これは罰だ。お前が気持ち良くなるのは俺が許可しない」  ちょっと待て、なんで俺がビッチ扱いされなければならないんだ。男好きで簡単に股開いた覚えもなければ俺の記憶が確かなら俺はまだなんとか処女だ。いや、そんなことすら考えたくもないくらいなのに、こいつ。  怒りのあまり絶句する俺を無視して、五十嵐は制服のポケットから何かを取り出した。  そして、その手に握られたブツを見て俺は息を飲む。 「……これ、なんだと思う?」 「……ナニ、ソレ……」  まず目についたのはシルバーチェーンだった。  その先端には両方、クリップのようなものが付いていて。  二本のクリップに、嫌な想像が駆け抜ける。  凍り付く俺に、五十嵐はトントンと俺の胸を叩いた。 「これでお前のこれを挟むんだよ」  勃起したそこに触れそうで触れないくらいの距離で指を動かした五十嵐。  確かに二つということから予想していたが、こんなことばかり的中しないでくれ。  鋭いクリップの先端に嫌な汗が滲む。 「やめろ」と、後退るが、背後は壁だ。笑う五十嵐が自分の唇を舐めるのを見て、血の気が引く。 「嫌だ、五十嵐……」 「ああ、因みにこれはクリップの締め付けを調節が出来るらしいが……安心しろ。締め付けは最大だ」 「能義が使っていた時、大体のやつは乳首が取れると泣き喚いていた」そう笑う五十嵐。俺は何を安心していいのか不思議で不思議で仕方なかった。 「ッ、や、め……ッ、んんぅッ!」  近付いてきたクリップに、逃げるように仰け反った次の瞬間、バチリと頭の中で電気が弾ける。  クリップは細い金属だというのに、まるで鉄の塊に勢い良く突起部分を押し潰されるような、そんな衝撃に堪らず舌を噛みそうになった。  針が貫通するような尖った痛みに、咄嗟に腕を動かすがしっかりと縛られたそこはびくともしない。 「っ、外っ、外せ……ッ!」 「離さないのはお前の方じゃないのか? ……ここまで勃起させなければ苦痛も和らぐはずだぞ」 「知らねえよ……っ、そんな……ッ!!」  頭の中が、胸の先端が、焼けるように痛む。  正直、手が使えれば今すぐこのクリップを引き剥がしているだろう。  五十嵐の先程の言葉は、嘘でも誇大表現でもなかったということがわかった。わかったが、知りたくなかった。 「く、ぅ……っ!!」  少しでも動いただけで、クリップが締まるような錯覚を覚え、下手に動くことも出来なかった。  両胸の突起を挟めるクリップの先、繋がったチェーンに指を絡めた五十嵐は、小さく口の端を吊り上げ、笑う。 「……みっともない面だな」 「っ、ぐ、ぁ……ッ!」  くい、と軽く引っ張られただけで乳首ごと持ってかれるんじゃないかってレベルの激痛と熱に襲われ、舌を噛みそうになる。  脂汗が止まらなかった。 「痛いか? ……そうだろうな、痛くしているからな。……辛いだろう」 「クソ、野郎……ッ」  こういう時ばかり笑う五十嵐がただ気に入らなくて、俺は、五十嵐の顔面に唾を吐き掛けた。 「…………」  見事五十嵐の頬に直撃し、一瞬にして五十嵐の笑みが消え去った。  その代わり、その額に青筋が浮かんだかと思えば。 「ぁ、あ゛ッ!」  チェーンが伸び切る程、重いっきり両方のクリップを引っ張られ、挟まれた突起に焼けるような痛みが走った。  自分のものとは思えないような悲鳴とともに、急激に口の中が乾いていく。  痛みのあまり、ジンジンと痺れ始めた両胸は痛みが薄らぐどころか、刺すような異物感が強くなっていった。 「……泣いて考えを改めれば許してやるつもりだったが、気が変わった」 「お前の態度は前々から気に入らなかった。この機会にその人を舐めたような性根を叩き直してやる」残念ながらそれはこっちの台詞だ。  元から五十嵐がやけに絡んでくるのは知っていたので気に入らなかったと言われてもなんの感慨も沸かないが、だからといってこんな仕打ちを受けなければならなくなるのならば話は別だ。  拳をつくり、両胸の痛みを堪えるように握り締める。  俺は、五十嵐を睨みつける。 「っ、やれるもんなら、やってみろよ……ッ! その代わり、後で覚えてろ……ッ!」 「ハッ……随分とよく吠える口だな」 「ぅッ、あァ……っ!」  そろそろ痛みに慣れるだろうかと思ったが、全然だ。  片胸のクリップだけをくいっと引っ張られれば、チェーン越しに振動が伝わってきて、強弱それぞれの刺激に慣れなくて、一抹のもどかしさに襲われる。  いっそのこと、さっきみたいに乱暴に引っ張ってくれた方がまだいいのに、軽く引っ張られただけでも反応してしまう自分の身体が嫌になった。 「や、めろ……ッ」 「……随分と、声が甘くなってきたな。痛みで何も考えられなくなったか」 「っ、誰が……ぅ、んんッ!」  今度は両胸のクリップを強めに引っ張られる。  それでも、さっきまでに比べれば全然生易しい。  指で弄られるときとは違う、無機物特有の冷たさと容赦のない刺激。  それでいて、痛みと快感と絶妙なところを突く五十嵐の嫌らしさには嫌悪しか覚えない。 「っ、は、ぅ……ぐ……ッ」 「……強気の割には腰が揺れているように見えるが気のせいか?」 「クソ、野郎……ッ」  赤く流血し始める乳首の先、繋がれた金属チェーンが家畜か何かのようで余計恥ずかしくて、それに気付いた五十嵐は口元を緩め、そのチェーンを絡め取る。  短くなるチェーンに、両胸のクリップが引っ張られ、声にならない声が喉の奥から溢れそうになったのを唇を噛んで堪えた。  その時だった。  風紀室。その奥から、微かにだが足音が近付いてきたのだ。 「っ、いが、らし……ッ」  足音に五十嵐も気付いてるはずだ。  なのに、こいつはやめない。  それどころか。 「っ、ぅ……んんぁッ!」  ぐっと、強い力でチェーンを引っ張られた瞬間だった。  焼けるように熱くなる胸元に、堪らず背筋を伸ばした矢先だった。  俺の嫌な予感は見事に的中した。  無慈悲にも風紀室の扉が開き、そこから現れたのは……。 「……随分と楽しそうじゃねーか、彩乃」  瓶底眼鏡にボサボサ頭。  嫌ってほど見慣れたそいつの姿だったが、少なからず今だけは、見たくなかった。  凍り付く俺を他所に、五十嵐は息を吐いた。  そして。 「お前のそのレンズ、分厚すぎて何も見えないみたいだな」 「だってそうだろ、俺、お前が笑ってるところなんて初めて見たぞ」 「……岩、片……っ」  助けてくれ、なんて死んでもいいたくない。寧ろ、こんな情けない姿見られただけでも死にたいのに、それでも、俺は、無意識の内に岩片に縋っていることに気付いてしまった。  分厚いレンズ越し、確かにやつの目がこちらを向いているのを感じた。 「……続けろよ、彩乃」  そして、その口から出てきた言葉に、笑みに、俺は今度こそ、冷水をぶっ掛けられみたいに自分の身体が震えるのが分かった。
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