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「元くん、遠いところから引っ越して来たんだってねー。みんなの間で噂になってるよぉ、『都会から転校生が二人も来る!』ってさあ」
「そんなに珍しいのか?」
「そりゃこんな季節外れに二人もなんてすごいよー。もう一人の子、あれも元くんの知り合いなの?」
案内してくれるという神楽の好意に甘えることになったのだが、こいつは案内らしいことすらせず俺のことばかりを聞いてくる。
『あれ』と言われ最初なにかわからなかったが、どうやら岩片のことのようだ。
「まあそんな感じだな」
「へぇ~、元くんああいうタイプとも仲良くしちゃう人なんだ」
「仲良くっていうか、腐れ縁みたいなもんだな」
もう少し詳しく言うなら、奴隷と御主人様とでも言おうか。
「なんかよくわかんないけど、大変そうだねー」とちょっと引いたような顔をする神楽に、俺は苦笑する。
「それにしても、なんで転校してきたのぉ? 絶対前のとこの方がいいでしょ? 俺でも知ってるもん、元君が通ってたところ。確かぁ、学校に映画館があるってなんかテレビで見たことある」
「よく知ってんな」
「それくらい有名だよぉ? 勿体無いなぁ、俺ならずーっとそこにいるのに」
「留年もありだよねえ」と神楽。
確かに、神楽の言う通りだ。転校してわかる有り難みというか、今になると本当に頭がおかしかった。けれど、向こうにいたときはそれが当たり前だったのだ。俺は、中学はごく普通の一般の共学校だった。高校は、外部入学だ。入学初日はとんでもないところにきてしまったと戦慄いていたことを思い出し、つい懐かしくなる。
「でもあんなところに通うってことは、相当の金持ちだったのぉ?」
「いや、うちは結構特別なんだよな。家は普通だったし」
「じゃあ、勉強できるからとか?」
純粋な興味。
顔を覗き込まれ、「まあそんなところだな」と曖昧に笑う。
今となってはもう過去の話である。俺としては、あまりいい思い出はない。
それから、神楽とは他愛ない話をした。初対面にも関わらず、こんなに話しやすいのは神楽の話術だろうか。するすると言葉を抜き出されるような、誘導されるような、そんなものを感じた。けれど、悪い気はしないのだ。不思議なやつだと思う。
神楽曰く、この学園は大概の生徒が夜行性だという。なので、この時間帯まともに授業を受けてる生徒はいない。あまりにも出席率が悪いせいで、教師たちが特別に夜間補習を行ったりもするらしい。
思い切ってこの学園の治安について尋ねてみれば、神楽は「元君漫画の読み過ぎだよ~」と笑った。
「抗争とかあったのは俺の前の代くらいだし、今は他校も大人しいからそんなの全然ないよ。たまに喧嘩するやつがいるくらいだし、まあ多分、今は纏めてるやつがいるからだろうけど」
「だから心配しなくても大丈夫だよぉ」と、神楽は俺の頭を撫でる。ちょいちょい子供扱いされるのはなんだろうか。神楽にナデナデされても嬉しくないが、本人が楽しそうなので敢えて放っとくことにする。
纏めてるやつ、か。神楽曰く、今 この学園を仕切ってるのは生徒会と風紀委員だという。学園の風紀を乱せば風紀委員が動く。そして、もう一方で風紀では手をつけられない部分、学校外の問題を生徒会が処理するという。
話を聞く限り教師は機能していないのだろう。珍しい話でもない。歪ではあるが、均等を保ってる現状があるからこうして平和なのだろう。
一先ず、学園のことを聞けて俺としては助かった。
学生寮前。改めて神楽に「色々教えてくれてありがとう」とお礼を口にすれば、神楽は花のように微笑む。
「いいよぉ別に、こんくらい。どうせ暇だったしねー」
「それに、元君みたいな子と仲良くなれるんなら役得ってやつだし?」言いながら、神楽は顔を寄せてくる。つられて、俺は後退った。……時折、俺は神楽と話してて違和感を覚えた。それが、今度は明確な形となって現れる。
まるで女相手に口説いてるかのような距離感を取るのだ、神楽という男は。
目が合えば、笑う。逃げようとすれば、肩を掴まれる。露骨な好意。
前の学園は、早い話その手の男が多かった。
全寮制の男子校であり、中高一貫校だったそこは物心ついたときから周りに男しかいない連中も少なくはなかった。思春期に女の子と接する機会がないやつらは、必然か否か、性や恋愛の対象が同性相手になるのだ。
俺は中学のときはまあ普通に女の子と遊んだし、彼女がいたときもあった。好意を寄せてくるのは皆女の子だったが、全寮制の男子校に入ってからわかった。どうやら俺は同性に好かれるタイプだということを。
特に何したわけでもないが、女の子とそう変わりない中性的な男子に迫られたこともあった。「抱いてください」って目の前で脱がれたこともあった。知らぬ間に抱かれたいランキングに自分の名前が連なっていたときもあった。
なるべく、勘違いをさせないようにしていたが、それでも後を立たなかった。岩片と出会ってからだ、何もかも環境が変わったのは。それからだ、他人のそういう目には人一倍敏感になった。それと同じものを、神楽からは感じるのだ。
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