ep.4 一歩下がって二歩曲がる

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 流れで政岡と出掛けることになったのはまあいいのだが……やはり生徒会長というべきか。道行く生徒に会う度に声を掛けられたり頭を下げられたりする政岡に、ここが不良の吹き溜まりだということを思い出す。  けれど、俺のときとは違って他の不良連中は政岡を敬ってるようだ。 「会長、この前はありがとうございました! うちの親もすごい喜んでましたよ。お礼に飯ご馳走したいっつってうるさいんで、会長がよかったらまたうちんちに来てくださいよ」 「おう、あれくらいならお安い御用だって。気にしなくてもいいってのに。けど、お前んちの飯すげー上手いからそんときはまたお邪魔させてもらうな」 「はいっ! 楽しみにしてるっす!」  ぺこりと頭を下げ、その生徒はちらりと俺の方を見るなり、そのままどこかへ歩き出す。  ……これも、さっきからずっと同じだ。政岡に対してはフレンドリーなのだけれど、どいつもこいつも隣にいる俺を見るなりニヤニヤと笑ったり、はたまた訝しげに睨んだりと露骨な反応を示してくるのだ。  元々歓迎されてるわけではないと知っていたが、なんとなーく場違い感を覚えるのだ。  普段ならアウェー感なんて気にしないのだが、今、同じ立場の岩片がいないからか、余計強く感じる。 「それにしても、お前、皆から好かれてるんだな。……流石生徒会長」 「なんだよ、いきなり。好かれるってか、別に普通じゃね?」  普通じゃねーんだよなぁ、それが。  俺だってコミニュケーションは人並み以上にできてるつもりだったが、あくまで見掛けだけのものだ。政岡のように家族ぐるみの付き合いだとか、深い関係を築くのは不得意だ。 「そう言えるのがすげーと思うよ。……生徒会は選挙だって聞いてたけど、皆お前が好きだったから投票したんだろ? それってなんかすごくね?」 「……別に、大したことねーよ」  褒めたつもりだったのだが、何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。政岡は少しだけばつが悪そうに、息を吐く。  政岡の性格なら「そうか?だろ?俺すげー!」とか言ってガハハと笑ってくれると思ったけれど、寧ろ予想と正反対で。 「……つか、俺のことは良いんだよ。尾張、お前、もじゃ……いや、岩片とはあれからなんかあったのか?」  強引に話題を変えられる。咄嗟に昨夜、政岡と別れたあとのこと、それから昼間の五十嵐との出来事が蘇り、心拍数が跳ね上がる。 「別にねーよ、なんとも。つか、あれからまともに顔合わせてねーしな」 「会ってないのか? ……そうか」  そう、口にする政岡はどこか安堵したようだった。  嘘、吐いたけど別に政岡にそこまで言う必要はない。岩片が別行動を取ってるのも事実だけれど、政岡の質問の意図が気になった。  まあ、政岡にとっては岩片がいない方が都合がいいってのだろうが。  学生寮ロビー。寮監に許可を得ようとする俺を見て、政岡は「何やってんだよ、行くぞ」と出入り口を指した。 「え、でも許可とか取らなくていいのか?」 「良いって、別に。俺が一緒なんだから」 「そういう問題なのか?」 「それに、そんなもんいちいち取ってたらあいつらにバレるだろ」  あいつら、というのは他の生徒会役員のことなのだろうか。  その部分だけ僅かに声を抑える政岡に、俺は「あぁ」と納得する。まあ、政岡もこう言ってんだしいいか。俺と政岡は靴を履き替え、寮を後にした。入り口には何人かの生徒が屯していたがやはり政岡を見るなり「お疲れ様です!」と口を揃える。何に対してのお疲れ様なのだろうか、謎だ。  外はすっかり日が沈んでいたが、夜の街は明るい。  昼間とはまた別の、ひやりとした夜特有の空気が気持ちよかった。 「……この時間帯に出るの、初めてだな」 「そ、そうなのか?」 「ああ、転校してからずっと学園の敷地内から出たことねーし」 「……そうか、初めてなのか……」  薄暗い足元。政岡の顔がよく見えなかったが、その声音はなんだか嬉しそうに感じた。 「……い、岩片とは……行かないのか? そういうの……」  そして、それも束の間。恐る恐る、絞り出すような声で政岡は尋ねてくる。どうして岩片の名前が出てくるのか、と思ったが確かに俺と岩片は常に行動を共にしていた。それは、この学園にいるときと変わらない。  岩片と、まともに遊んだことなんてあっただろうか。  用事で町中に出掛けることは何度かあった。が、常に岩片のお付きだったり愛人だったりがやつの傍にいて、俺は岩片と遊ぶというよりも付き添っていたときの思い出の方が多い。  あいつの気紛れで色んな場所へと連れ出された。けれど、友人として遊んだり、飯食ったり、そんなことをした記憶はない。 「前の学校のときは何度かな。けど、こんな風に純粋に『遊びに行く』ってのはなかったな。基本、あいつの用事に付き合ってた感じだったし」 「そうなのか……」  さっきから、政岡の反応がしおらしい。ほっとしているのか、不服なのか、よくわからない反応をする政岡。 「……さっきからお前、岩片のこと気にしてるけど……どうかしたのか?」 「えっ? や、どうかっつーか……そういうんじゃねえけど……あの……尾張……」 「ん?」 「……お前と岩片って、なんなんだよ」 「付き合ってる、ってわけじゃねーんだろ?」ふいに、立ち止まる政岡。その影にぶつかりそうになって、俺は足を止めた。  学園から少し離れた通り。俺は、思わず口を噤む。  五条にも、聞かれた。そのときはご主人様と奴隷なんて適当に返したけれど、俺は、以前のようにすぐにそれに返すことができなかった。  俺と岩片はなんなのだろうか。岩片にとって俺はなんなのだろうか。  それは、俺が聞きたい。 「付き合うって……そんな風に見えるのか? 俺と岩片が? ないない」 「……そうなのか? でも、この間……」 「あれは、自分の思い通りにいかなかったらあいつああなんのよ、いっつも。だから、そういう付き合うとかそんなんじゃねてってこと。所有欲つえーからな、あいつは」  笑って誤魔化す。政岡は安堵したように息を吐いた。「そうか」「ならよかった」なんて言うかのように。  何をそんなに安堵する必要があるのか。俺がフリーの方が動きやすいからか?勘繰ってしまうのは最早癖だろう。 「確かに、あいつは男に関して節操ねーけど、気にしないでくれよ。まじ、そんなんじゃねーから」  俺も、俺だ。ほっとしている政岡見て、つられてほっとする自分が可笑しくて、なんだか調子が狂う。  言ってて、情けなくなる反面、口にするとどんどんモヤモヤしていた自分の気持ちが浮き彫りになっていく、そんな気がした。 「……なら安心した」 「安心? なんで?」 「なんでっつーか……まじでそういう関係だってなら色々カタ付けなきゃいけねーだろ」  何を、と聞くことはできなかった。  丁度目の前に差し掛かった横断歩道が青に変わる。  政岡は、「こっちだ」と嬉しそうに俺を誘導した。  さっきみたいに変に遠慮されるよりかはましだ。先程よりも生き生きとし始めた政岡についていくまま、俺は、前に進んだ。
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