五「蒼空を断つ二人」

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「痛ったい!」  原理は戻ってきた由梨菜の頭を平手で叩いた。流石に上官としては叱らなければならない場面だっただろうが、それは氷神隊長に任せるとして。 「助かったよ、けどあんな真似はするな。下手に刺激するのは危険だって知ってたはずだろ」 「本当だよ、全く。こっちが死ぬかと思ったよ」  肩に頭を乗せている尸遠が、心底から安堵したように言うと、由梨菜はその頭を撫でて「ごめんね、無理しちゃって」と同じように安心した声で返していた。  それを傍目に、原理は右手を動かしている。  あらかじめ決めていた催眠法のコードをシノニムに向けて仕込み終えた状態で、彼は腕を下ろして彼女を見上げる。  原理の動きを見ていたシノニムは、それが何の動きなのか理解しがたそうに眺めていたけれど、それこそが最も好都合だった。  一見すれば単なる手話にも見えるその一連の動きが、どのような効果をもたらすのかはまだわからないけれど。しかし無意識下での刷り込みが確実に思考を偏らせているのは見ていれば判っていた。  原理自身が斜理に催眠を受けたときは、その詠唱式すら見ることはできなかった。あれはもともとそういう風に開発していただけ、なのだから当たり前なのだが。  慣れていない原理は、戦闘中に悟られないように紛れ込ませていくのが最低ラインだった。  その所為でかなりの時間を要する羽目になったのだけれど。 「ん、で? 出来たのか、尸遠?」 「うん。導歩を魔術で再現するのは骨が折れたけど」 「あん? 結界を作るんじゃなかったのか」 「シノちゃんのあのスピードじゃ、囲い込めないんだよ。だったら、違う方法で動きを制御するしかないさ」 「へえ。それってどういう方法?」 「端的に言えばタコ漁かな」 「誘導して閉じ込めるって? 大丈夫かそれ」  尸遠は結界のある方向に視線をやって、空中に描かれた魔力の帯を見る。それは術者にしか見えないものだったので、原理にはその行動の意味が解らないけれど。 「多分、うまくいくよ」 「うわ、不安の残る言い方だなあ」  とか言って、尸遠は物事の成功率を低く見積もる傾向があるだけで、結果的に失敗したことはほとんどなく。  故に原理とて彼の腕自体を信用していないわけではなかった。 「まあ、いいか……」  問題は、どうやってシノニムを魔術の効果範囲まで誘い込むかなのだが。  おびき寄せる手が思いつかない。 「杏樹、なんか手段はないかな」 「うーん。誰かが囮になるほかにないと思うわ」  というか、それしかないという感じなのだが。まあ、手練れの戦闘員が居るんだから、できなくもないとは考えて、しかしそれにも命のリスクが付きまとうことに変わりはなく。 「最初はボクが請け負うよ、ちょうどこっちの準備も終わったし」  イヤホンから流れる空の声に、意外そうにしていたのは原理ではなく杏樹だった。 「あんな大掛かりな仕掛けを作った後で、そんな余裕あるのかしら?」 「少なくともアンよりはあるよ。体調が悪いくせに無理されると困るんだけどね、君には」  む。と、杏樹は息を詰まらせる。 「それに、負けないことに関しては詳しいつもりだよ。勝てずとも勝てる勝負って、実は結構あるんだって、知ってるでしょ?」  とん、とシノニムが砲塔から降りてきた。相変わらず殺意をあるだけばら撒くが、しかし衝動には底などない。  膿を出しきるような対症療法の通じる相手ではないからこそ、原理たちは準備を重ねてきたのだ。全員がやることをやって、それでも通じないのなら。  そこが「鵬」の限界だというだけ。  空が歩いてきて、呪装を展開しながら、シノニムと向かい合う。  いつものように不敵に笑んで、黒い制服に身を包むその姿には、小柄でも大きさを感じるような迫力があった。  伊達で部隊長をやっているわけではない、と普段から言ってはいるけれど。 「さ、全力で死合おうか、シノちゃん?」
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