五「蒼空を断つ二人」

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 3  空の呪装、碧天牙刃とシノニムの放つ風の刃が真正面からぶつかり合うのを見ることもなく、原理、尸遠、杏樹、由梨菜はそれぞれの動きを始める。  由梨菜は本来デッキに出るわけにいかないはずだったけれど、今や立派な関係者だ。その場の判断で作戦に組み込んでしまっていた。とはいえ、尸遠とセットで動いていくのは変わりないのだけれど。  イヤホンから亜友が情報を送り続け、同時に司令室からも視界のサポートが受けられる。  最早「鵬」と「シノニムという覚醒者」の全面対決の様相を呈していた。 「これで勝てなきゃどうしようもねえけど」  呟く声に反応する者はいない。どうせ反応なんていらないのだからと、原理は大きく後退して呼吸を整える。  空の腕に碧い爪でなく朱く燃え上がる焔がまとわりつく。呪装ではなく、呪術。持っている霊符を使用した一度きりの術式だ。霊符の呪術は使い捨てで、再現性を持たせるなら何かの物体に呪術を刻む必要があった。 「おりゃああああっ!」  右腕を突き出す。焔が渦を巻きながらシノニムに向かっていく。霊力を固めた焔は生体にしか作用しないので、服が焼けることはない。  シノニムはその攻撃を、風を全身に纏うことで逸らして受けた。「纏」の技術はすでに身に着けていたものなので、そこに意外性はない。  鵬サイドはシノニムの最大攻撃力を把握できていないので、原理の言っていた即死ゲーのプレイヤーであり、しかもタイミングも判らない状況で当たらなければならない。  それこそ無理ゲーだろうと誰もが思ってしまうところだろうけれど。 「蒼星爆閃(ラズライト・スターバースト)!」  それでも果敢に飛び込めなければ、戦闘員とは言えないだろう。  勇気と蛮勇は違うとは言っても、リスクを取ることもまた必要なことだ。  瑠璃色の爆発を、シノニムは大きく跳び上がって躱し、そこから見上げている空に対して空気を塊にして撃ち出した。  対して空は霊符を取り出し、シノニムに向けていた。 「空圧閃弾!」  自らの周囲にある空気に呪力を纏わせ、散弾のように撃ち出す。  互いの空気が衝突し、圧縮されて光を放つ。プラズマ化した空気が弾けるのを見る間もなく、空は脚に呪装して空中に飛び上がる。 「ふっ!」  その脚をシノニムに向けて蹴り上げると、シノニムは踵落としで応じてきた。体術で競うわけではないけれど、ある程度は行動を織り交ぜなければ、興味を引くこともできはしない。  ひ弱な体躯に似つかわしくない重い攻撃に、空は甲板まで一気に撃ち落される。それでも最低限の受け身でダメージを逃がし、左手が閃きながら印を切っている。 「それっ!」  空中に浮かぶ呪術陣から、赤いレーザーが撃たれる。シノニムの居る周辺を丸ごと焼き尽くす、焔の光だ。  広範囲に拡散するそれを受けたシノニムは、回避はするものの、纏っていた風を剥ぎ取られて甲板に降りてくる。着地と同時に空に向かって飛び込んできた彼女の両腕に、以前と同じような空気の渦が纏わっているのを見つけると。 「同じ手を何度も受けるほど、」  かつん、と右の足先で甲板を軽く叩く。 「愚鈍じゃないんでね」  空の周囲に白い霧が巻き上がる。それは一気に拡がり、シノニムも呑み込んで互いの姿を見えなくしていた。  その中で空は右後方に大きくステップ、直後に右前方に踏み出した。  気配が読めずとも、シノニムは殺意と霊力を撒き散らしているので位置は読みやすく。対するシノニムに霊的な感知能力はないが、空気の流れを感じて行動することはできる。  読み合いと探り合い。対人戦闘での基本的な行動は、武術家が行うようなもので。  結局それは、他の術師であっても適用できる類のものなのだった。  シノニムの周囲で風が吹き荒れ、霧を吹き飛ばす。正確には空気を攪拌して薄くしただけなのだが、それでも互いの姿は視認できる。  どくどくと血のように輝く紅い眼の光が、空を射抜くように捉える。  竦んでしまいそうなそれを、空は面白そうに笑むことで受け流す。  恐ろしくとも、笑ってしまえば気分はある程度維持できるのは、昔からの知識だ。杏樹の哭声克鬼とまではいかなくとも、テンションをコントロールする方法なんてものは、いくらでもあるものだ。  シノニムの右手が揺れる。  瞬間、寒気を覚えた空は大きく右に跳んでいた。  耳元で鳴る、ざくりという音。しかし痛覚にはなにも引っかかりはなく、おそらくは髪を何房か切り落とされただけだろう。 「それでいいんだよ。全力出してくんなきゃ、面白くないからね」  命懸けの戦闘で、それでも愉しんでしまう空のありようも十分外れてはいるけれど、しかしそう思えることが何よりのシノニムの危険性に対する認識なのだ。  もう一度碧天牙刃を撃ち出す。両腕を何度も振り抜き、ランダム軌道にする「乱閃」だ。  それをしながら、空の視線は一瞬だけ後ろを向いた。  隙を見せたつもりもないけれど、その隙間にシノニムが踏み込んでくる。速いけれど、見切れないレベルではない。「緑光風羽」を封じられている状態では、高速移動自体はできなくなっているのだが。  それでも、殺人鬼としての能力が彼女の身体能力を引き上げている。  ウィンガードが戦闘狂だとは知らないけれど。そんなことを考えているわけでもなかったというか、全く意識はしていなかった。  そんな思考を切り捨てて、空は後方に大きくステップする。いくら移動が必要といっても、背を向けるような愚は犯さない。 「……………………」  口内で何かを呟いて、右手を振り上げる。そこから碧く輝く衝撃波が噴き上がる。原理の扱う物理的なものとは違う、霊力を凝縮した疑似的なものでしかないけれど。  蛇の這うようにうねりながら威力を増してシノニムに襲い掛かる。  それが当たる寸前に弾け飛び、シノニムの反撃が来る。渦風衝が三メートルを超える範囲攻撃になって迫ってくる。 「くっ!」  笑いながら、その攻撃を躱しきれないと判断して。  足で甲板を噛むように踏みしめつつ全身に力を籠めて、攻撃を受け止める。  斬撃でなく衝撃であるところで、血は出ないのだけれど、おそらく内部で出血しただろうという感覚が臓腑のどこかにわだかまる。  本当にこのままだと早死にするなあ、と自虐的に呟いて、耳の奥で鳴り続ける音の不快感を耐えきった。  呪装が剥がれることはなかったけれど、割と大きなダメージを受けてしまっている。可能な限り誘導できなければ、そして何よりある程度消耗させなければ、役目としては意味がない。 「亜友、今はどんな感じ?」 『うーん、まるで底が見えてないよ。あれだけ大規模な技を連発して、それでも全然パフォーマンスが落ちてない。覚醒者って霊力量が多いのかな』  さあね。そう返して、気を入れ直す。  まだ、倒れるわけにはいかない。これ以上を求めるなら、こっちもそれなりに人間を辞めなきゃならないのだろうけど。  そんなことは自分にはできないと解っていた。人間の意識に縛られた自分が、今更壊れようなどと。 「仕方ないことか」  呟いて、左手の指環に手を添えた。目を閉じて、そこに封じられている意識とリンクする。  その光は、後方で見ていた杏樹に、小さくない衝撃をもたらす。 「あの気配は……、空々翼(あくう・たすく)の」  かつて、空と同じ夢を見ていた、彼女にとって最も大切だった人の名前を、杏樹は口にしていた。記憶を探ることなく、簡単に思い出せる、そう遠くもない過去のことを。 「ここで振り切るのね……最後の未練を」
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