五「蒼空を断つ二人」

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 ごおおおんっ!  原理が蹴った甲板が、異様な音を立てて震える。ただの踏み切りでその衝撃を発せるその力は、原理が今まで使うことのなかった全力だ。  一瞬でシノニムとの間合いを詰める原理。対して、シノニムはそれに驚くこともなく、反射的に空中に飛び上がって、先ほどと同じように僅かな手の動きだけで原理の周辺の甲板を刻んでいく。 「ぜああ!」  空中に居る彼女に向けて、原理は右腕を突く。そこから巨大な蒼色の衝撃が発生し、音速で伸び上がる。  そのありようは正しく、空を割るという表現が整合するような光の筋だった。  それでも、原理の全力ではないし、そしてシノニムも、それを危なげなく躱していた。  実際に衝撃波を受けても、人は簡単には死なないし、シノニムのように回避できるのであれば、それこそ必殺技にはなり得ない。  単に原理は、シノニムを挑発し続けているだけだ。  殺されたがりの少女の期待になって応えてやらない、と決意している原理に、シノニムも勘づいている。だからこそ、そうさせたいと殺意を向ける。  迷いながらも、自分の道を信じてしまっているからこそ、取れる行動だ。 「シノ、お前はまだ」  呟く声は届かない。吹き荒れる風が散らした音に、誰も反応はしなかった。  見上げた先、シノニムは。  顔を押さえて、苦しそうに荒い息を吐いている。その奥で光る眼に、不安定な揺らぎがあった。 「原理、解ってるよね」  不意に、空の声が耳に届く。眠たげなかすれ声で、その言葉が示すものを悟らせようとしている。 「…………、うん。混ざってるんだよな」 「呼んであげて。最後に、君の声で」  ボクたちが本当に慕っていた人の名前を。  キリカとは違う形で、原理を見守っていた。その人を、本当に終わらせるために。 「…………」  原理は、その言葉をどう受け取ったのか。本人の奥底の感情は、自分でも判らないけれど。  ただ、今はそれが必要なのだと解っていた。  原理が、実の兄以上に兄らしいと思っていた、翼の声が聞こえた気がした。 「翼さん。シノを、取り戻したいんだ。……助けてくれ」  叫んだわけではなかった。それでも、原理の声がシノニムに届いたような感覚があったのが錯覚だとは思えない。 「うっ、あああ」  そんな呻くようなシノニムの声が聞こえた。  どくりどくりと脈動する紅い光が、暴走と鎮静を繰り返して揺らいでいる。彼女の内部で巡っている空々翼の残滓光がシノニムの殺意を抑え込んでいた。  抑え込んでいるだけで、消し去っているわけではないけれど。  動けないでいるシノニムをめがけて、原理は思いきり跳び上がった。  空気を破裂させて、高速で、直線的に彼女に向かっていく。それをシノニムは見ていないようで、何の反応も示さない。 「行くよ、由梨菜」 「おっけー、これで最後っぽいけどね」  尸遠と由梨菜は残りの魔力を全て使い、艦の周囲に仕込んでいる魔術式を全て起動させる。海流を操って甲板の周囲に海水を噴き上げて操る由梨菜。  その水流に手を触れて氷結させ、操作を始めた尸遠は、原理とシノニムを囲うように氷を集めていく。  しかし、尸遠の操る氷の硬度では、シノニムにも原理にも容易く破壊できるものでしかなくて。あくまで彼らが行うのは誘導なのだ。  空中を一直線に飛んでいく原理の周囲で氷がうねり、シノニムに向かう一本道を成形する。その氷に足を着けて、原理はその足場を砕きながら疾走していく。原理の出力でも氷は耐えきれていないようだが、それは織り込み済みだった。  その道を走り抜けた原理は、右手を伸ばしてシノニムの腕を掴んだ。  膨大な出力で砕けやしないかと不安になるけれど、シノニムはその直前に風で原理を撥ね飛ばそうとする。  その際の空気の刃で、皮膚が裂けるが、構うかと腕をもう一度伸ばした。  ぐい、とその細い体躯を引き寄せる。  狂気に染まったシノニムの顔に、驚愕が浮かんでいた。 「あっ……」  漏れた声に、原理の心臓がずきりと痛む。その意味がわからないまま、原理はシノニムの背にあるライムグリーンの翼に手を伸ばし、オーラを纏った両手で握り潰す。  ぱりん、と飴細工の割れるような手応え。  霊力そのものでしかない翼が消えて、シノニムの体躯は原理ともつれ合って落ちていく。 「そこだよ、尸遠!」  由梨菜の声に合わせて、尸遠は魔力を走らせる。最後の力で生み出したのは、氷でできた滑り台だった。そこに水を流してしまえば、もはやウォータースライダーだが、しかし彼らはそんなものを実際に見たことはない。  滑っていく二人が向かう先に、仕込んでいた導歩の境界式がある。そこに押し込んでしまえば、自動的に空が用意していたフィールドにたどり着くように設定していたのだ。
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