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4
視界を埋める橙色の光が消えると同時に、シノニムの身体が弛緩する。その落差に混乱した彼女は何も出来ずに、そのまま倒れ込んでしまい動けない。
そんなシノニムに原理が近寄り、疲労に掠れた瞳で見下ろす。
彼はゆっくりと腰を下ろして、シノニムを両腕で抱えるように起こして。
朧に揺れる視線を正面から捉えていた。
ぼんやりと原理を見つめるシノニムの眼の光は弱く、色が脈打つように変化している。その様子に、原理はシノニム内部にある殺人衝動が変化しているのだと解る。
「シノ。生きてるよな」
「…………どうして? ゲンリくん。どうして殺してくれないの?」
その声はか弱く、囁くような。しかし彼女ができる精一杯の叫びだった。怒りの滲んだ声音に原理は哀しそうにそれを受け止める。
「どうしてかって? まだ、大事なことを訊いていないからだよ」
大事なこと。それは、原理とシノニムが最初に遇ったときに訊いた言葉。
「…………、なにかな」
紅い光の明滅する眼が、しかし彼女を奮い立てることもなく、ただ原理の台詞を受け止めていた。そこには呆れに似た感情が滲んでいて、その奥にどうしようもない絶望が見え隠れしていた。
「シノニム。お前さ、……俺の敵なのか?」
その質問にシノニムは瞠目する。彼女も、思い出していた。
『わたしが、全部思い出して、ゲンリくんの敵になったら、』
『その時は、わたしを殺すの?』
『……。ああ、そうするだろうな』
「あ……、その」
シノニムは視線を逸らして、迷うようにさ迷わせる。
しばらくそうしてから、視線を戻し。
そして、何も言えないでいた。
対する原理は、それをただじっと見ている。
彼がどういう答えを望んでいるのか、シノニムはとうに知っている。
何をどうやっても、自分を殺せない原理は、質問に対して否定してほしいのだ。
それでも、シノニム自身は消えてしまうことを望んでいる。
そして、それを……、
『人を殺すのとか、苦手なんだ』
原理にさせるのは、気が引けてしまい、言い出せない。
ならば、他の誰かに頼めばいいものをとは思う。実際、杏樹や空であれば、こんなシノニムを処断することは容易くやってしまうだろう。
それを実際に見たことはないのに、想像できてしまって。
ぶるりと震えるのを、原理は溜息を吐きつつ見ていた。
「シノ、お前本当に死にたいのか?」
「…………わからない。わたし、どうすればいいのか、考えられない」
そうか? と原理は首を傾げる。その行動の意味が分からずにシノニムが不思議そうに見上げると、彼は自分の胸元を右手で示す。
「さっきから、俺の服を掴んでいるのは、どうしてかな」
「え、あ。これは」
シノニムの左手が原理の制服をしっかりとつかんでいる。それに気づいていなかった自分自身の感情が、じわりと両の眼から溢れてくる。
「どうかしら、忌方君。シノの様子は」
イヤホンを通して、杏樹の声が届く。感情の見えない声ではあったけれど、シノニムを案じているのは明確に伝ってくる声音だった。
「泣き出した」
囁くような声で端的に伝えると、向こうで何かを思案しているような息遣いが聞こえてきたが、原理はそれを気にせずにシノニムのほうに意識を戻す。
「そういうことを訊きたいわけじゃなかったんだけどねー。原理、シノの「殺意」はどんな感じ?」
空の問いかけの方が解りやすくはあった。
「そうだな、ほとんど見えない。目の色も元に戻りかけてるし」
「うーん、そっか。仁輝神変で元の人格に同化させきれるはずだったけれど、流石に複数人のウィンガードは処理しきれないみたいだね」
「危険性はもうないと思うけれど。衰弱した状態で抑え込めているみたいだから」
「それって原理が触れているからじゃないの? 忌方はウィンガードを相殺するんでしょ?」
そうだろうけどなと返すけれど、しかしその原理自身も霊力自体はほぼ使い果たしてしまっている状態なのだけれど。
「抑え込めない分は封印するくらいしかないだろ。それをどうするかだけど」
それも、シノニムの意思を聞いてから考えるべき問題のはずだが。
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