終「世界の終わりと人間の枠」

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 原理は杏樹と別れたのち、艦の中央部に向かっていた。  廊下をひとり、ゆっくりと進んでいくと。もっとも堅牢と思われる中枢区画、そこにある司令室に辿り着く。  端末でIDを照合して、音もなく開いた扉を潜って。 「ふうん。こんな造りなのか」  デスクとラックに囲まれた、会議室のようなシンプルな内装。その奥で、オフィスチェアにゆったりと座っている人物と目が合った。 「君がここに来るとはね、忌方君」 「仕方ないでしょう? 俺にだって事情はあるんですよ、日長総隊長……いや、伯父貴と言った方が良いかな?」  その返しに、清籠はくく、と可笑しそうに笑って。 「全く、厄介な甥が出てきたものだよ。面白いけれど」  日長清籠。現在戦闘部隊を率いるその人物は、原理の伯父―――忌方明里の長兄だった。 「で、何か聞きたいのだろ?」 「ああ。シノニム=ウィンガードに関することだよ。……覚醒者って何なんだ? 知っているんじゃないのか、あんたは」  直接的な質問に清籠はしばらく視線を動かして、限定的だがねと回答してきた。 「既に君が知っている、異形種に変化し、戻ってきた者というのが表向きの回答ではあるが、そればかりでもないのさ。それだけでは「覚醒者」とは呼ばれない」 「条件があるんだな」 「覚醒者と呼ばれる異能者は異形として活動している間、夢を見ているらしい。異形としての記憶と同時に、人間だった頃の記憶を長い間に咀嚼しなおして。それまでとは全く違うアイデンティティを作り出すのさ」 「異なる人格? 俺らの見た過去のシノは、今と大して変わらないように思えたけど」 「その過去はよく解らないが、今の彼女と同一ではない筈だよ」  少なくとも、殺人鬼の力を持っていた状態ではね。 「今のシノニムは頑なに誰も殺そうとはしなかっただろうに。寧ろ君に殺されたがっていたらしいじゃないか」 「そうだけどな」 「君が人を殺せないことも知らずにね」  原理は目を逸らした。別に後ろめたいことなどないけれど、その所為で死にかけたことは何回かある。  忌方家の貫く「活人道」は、それほどに難しいことなのだ。 「その情報って、何処から来たものなんだ?」 「過去に一例だけ、覚醒者と遭遇しているんだよ。私が生まれる前の話だが」  記録には残っているが、閲覧制限がかかっている、という。  原理はそれに対して首を傾げた。 「隠す意味があるのか? 単なる覚醒者に対して」 「隠さなければならないのだろうとは思ったがね。その時にも、その覚醒者は暴走し、「鵬」を危機的状況に曝していたのだからね」  対処法もなく、かなりの犠牲が出たらしい。 「故に、今回のケースは上首尾にいっているといっていいだろう。何せ、こちら側に被害が全く無いのだから」 「シノと前の奴と、どっちが特殊なんだろうな」 「それは判らんよ。だが、どちらのケースも参考にはなるだろうさ」 「まあなー」 「特殊性で言うなら、ウィンガードの血を宿している人間であることがあるから、シノニムの方が勝っているとは思うけれどね」
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