7人が本棚に入れています
本棚に追加
原理は杏樹と別れたのち、艦の中央部に向かっていた。
廊下をひとり、ゆっくりと進んでいくと。もっとも堅牢と思われる中枢区画、そこにある司令室に辿り着く。
端末でIDを照合して、音もなく開いた扉を潜って。
「ふうん。こんな造りなのか」
デスクとラックに囲まれた、会議室のようなシンプルな内装。その奥で、オフィスチェアにゆったりと座っている人物と目が合った。
「君がここに来るとはね、忌方君」
「仕方ないでしょう? 俺にだって事情はあるんですよ、日長総隊長……いや、伯父貴と言った方が良いかな?」
その返しに、清籠はくく、と可笑しそうに笑って。
「全く、厄介な甥が出てきたものだよ。面白いけれど」
日長清籠。現在戦闘部隊を率いるその人物は、原理の伯父―――忌方明里の長兄だった。
「で、何か聞きたいのだろ?」
「ああ。シノニム=ウィンガードに関することだよ。……覚醒者って何なんだ? 知っているんじゃないのか、あんたは」
直接的な質問に清籠はしばらく視線を動かして、限定的だがねと回答してきた。
「既に君が知っている、異形種に変化し、戻ってきた者というのが表向きの回答ではあるが、そればかりでもないのさ。それだけでは「覚醒者」とは呼ばれない」
「条件があるんだな」
「覚醒者と呼ばれる異能者は異形として活動している間、夢を見ているらしい。異形としての記憶と同時に、人間だった頃の記憶を長い間に咀嚼しなおして。それまでとは全く違うアイデンティティを作り出すのさ」
「異なる人格? 俺らの見た過去のシノは、今と大して変わらないように思えたけど」
「その過去はよく解らないが、今の彼女と同一ではない筈だよ」
少なくとも、殺人鬼の力を持っていた状態ではね。
「今のシノニムは頑なに誰も殺そうとはしなかっただろうに。寧ろ君に殺されたがっていたらしいじゃないか」
「そうだけどな」
「君が人を殺せないことも知らずにね」
原理は目を逸らした。別に後ろめたいことなどないけれど、その所為で死にかけたことは何回かある。
忌方家の貫く「活人道」は、それほどに難しいことなのだ。
「その情報って、何処から来たものなんだ?」
「過去に一例だけ、覚醒者と遭遇しているんだよ。私が生まれる前の話だが」
記録には残っているが、閲覧制限がかかっている、という。
原理はそれに対して首を傾げた。
「隠す意味があるのか? 単なる覚醒者に対して」
「隠さなければならないのだろうとは思ったがね。その時にも、その覚醒者は暴走し、「鵬」を危機的状況に曝していたのだからね」
対処法もなく、かなりの犠牲が出たらしい。
「故に、今回のケースは上首尾にいっているといっていいだろう。何せ、こちら側に被害が全く無いのだから」
「シノと前の奴と、どっちが特殊なんだろうな」
「それは判らんよ。だが、どちらのケースも参考にはなるだろうさ」
「まあなー」
「特殊性で言うなら、ウィンガードの血を宿している人間であることがあるから、シノニムの方が勝っているとは思うけれどね」
最初のコメントを投稿しよう!