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「異形化自体は珍しくもないけれど。昔から生成(なまなり)のような例は確認されていたからね。人が背負いきれない激しい負荷に負けたときに、人は人でなくなる。そして自分の意志で戻ることはできないのが常だ」
元に戻すには外的要因が必要になるものさ。そう言って、清籠はデスクから箱を取り出して投げてよこす。
受け取った原理がそれを見ると、シュガーシガレットという菓子だ。
一本取りだしてから咥える。タバコ型の砂糖菓子なので、特に火などは要らない。
清籠は本物の煙草を燻らせ、煙を循環空調に向けて吐き出していた。
「んなとこに煙吹き込んで大丈夫なのかよ?」
「大きな問題にはなっていないさ。で、君はシノニムの記憶を覗いたんだろう?」
どうだった?
そう訊いてくる。
「俺だったら耐えきれなかったかもな。どうあっても俺が俺である以上、全てを理解することはできないだろうけどさ」
「そうかい。それほどか」
忌方家の精神の強さは相当なものだと清籠は知っている。昔から、それこそ始祖の忌方理の時代から、彼らはその心で以て世界で生きてきたのだから。
そして、その強さは原理にもしっかりと受け継がれている。
遺伝的なものではなく、それは定められた環境と運命なのだろう。
「ならば、仕方ないことだろうな。君が耐えきれないのなら、そうそう正気でいられる人物など居らんだろう」
戦闘部隊では四方君くらいか、あとは―――
と、何かを言いよどむように言葉を切った。
「あとは、誰だって?」
「ああ、上層部に居る人々なら、あるいはね」
上層部。鵬の都市機能の権利そのものを握っているという存在だが、原理はその人を見たことがない。杏樹から伝え聞いたのみだ。
「どういう人なんだ、そいつら」
「訝るねえ。別に大して強いわけではないよ、強権的ではあるけれど」
単にこの艦を運営しているってだけのことだから。
そう言われても、以前に杏樹が言っていた言葉が原理の中では引っ掛かっていた。
『あれは人間じゃない。違う生物よ―――』
「まさか、その人が覚醒者だってオチじゃないだろうな」
清籠は肩をすくめる。
「判らん。私には、その感覚は薄いからな。人を探るのは難しいのさ」
気になるなら会ってみればいいさ。彼らもシノニムに興味を持っているらしいからね、と言われると、原理は逆に会いたくなくなる。
「危険な奴なら、シノを会わせるのは避けたいんだけど」
「くはは。やけに過保護だねえ、そこまでするほど大切かな? あの子が」
にやついている。面白そうだった。
原理は視線を逸らして、気まずそうにしている。しかし、清籠の言葉を否定することはなかった。
「シノに関しては色々ごちゃごちゃでさ。なんだか言葉にしづらいよ」
「そうか? でも、確実に言えることはあるだろう」
「ぐ、」
息が詰まる。まあバレている以上、隠すこともないけれど。
「そりゃあ、まあ。好きだし。シノには近くに居てほしいかな」
「結構、結構。そういう感覚は大事だから、失くすなよ」
「…………」
うん? と清籠は黙ってしまった原理の視線を受け止める。何か言いたそうにしている彼の態度を、正確に読み取れるのは原理が判り易いからではないだろう。
「私がどうかって? 知りたいのなら舞夜と煌輝に訊けばいいだろう。それに、君は杏樹を知っているはずだ」
「そういえば、あいつらとはそういう話はしなかったな」
「親子関係が壊滅的な君とそんな話はしないだろうな。杏樹もその関係性を知っているからこそ、触れてはこないだろう?」
皆、察しが良すぎるよ。と原理は息を吐く。本人はあまり気にしていないからこそ、その態度は少しきまりが悪い。
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