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シノニムが原理の部屋を訪ねてきたのは、夕方頃だ。
まあ、来なくとも原理が出向くつもりではあったのだが、向こうから来るなら都合はいい。
「えいや」
「おっと」
椅子で作業をしていた原理に、いきなり飛びついてくるのは相変わらずだ、けれどそこには少しばかりの遠慮が含まれている気がした。
両腕にすっぽりと収まってしまう矮躯を受け止めて、ふわふわと広がる髪を撫でていく。
「どうかしたか?」
「んー。やっぱりこうすると落ち着くなあって」
そっか、とそれは嬉しいのだが。ちょっとだけ意識してしまうと、原理の中で何かが暴走しかねないので抑えていた。
「…………………」
「どうしたの? 黙っちゃって」
「いや、シノは可愛いなって思って」
言ってみると、シノニムはにゃあと唸った。
「恥ずかしいよ、それ。でも、嬉しいけど」
言いながら、腕を解く。シノニムは緩い笑みを浮かべながら、微かに頬を赤らめている。
「で、用事があるんだろ?」
「うん。お願いっていうか、考えてほしいこと」
何だろうと思っていると、シノニムは苗字を変えたいと言い出した。
どういう意味かを尋ねると。
「うーん。殺人鬼じゃなくなったわたしが、いつまでも「ウィンガード」を名乗っているのもおかしいんじゃないかなって、思って」
彼女にとってウィンガードは忌むべき名前らしい。原理にはそうは思えなかったけれど。
「ウィンガードの語源って何だっけ」
「WingardならVineyardからの変化だけど。でもわたしの家はWinguardだからね」
護り羽。そこまで嫌がるようなものでもないだろうとは思ったけれど、単にシノニムの気分の問題なのだろう。
まあ、殺人集団の名前なんてマイナスのイメージにしかならないか、と原理は納得した。
「新しいのを考えればいいのか?」
「うん。……別にゲンリくんと同じとかでもいいけど」
忌方を名乗らせるのはどうかと思った。
なんとなく合わないんだよなあ、と違和感があったのだ。
それに、それでは少しマズいものもあるだろうし……。
「そうか……、ちょっと待ってな」
言いながら、思いついたものを手近な紙に書きだしていく。それを見ているシノニムは、デスクの後ろのベッドに腰かけて、彼の背を眺めていた。
「…………ふふ」
小さく笑う。その声は原理には届かなかった。
原理はキーボードを叩きながら、書きつけた案をシノニムに見せてきた。
「とりあえず十個。それが気に入らないなら、新しく考えるけど」
シノニムはそれを一個ずつ見ていって、検討しながら、暫く考える。
そうしてから、これがいいと指を差す。
「これ? わかったよ。じゃあ、変更手続きに行かなきゃな」
「う……」
嫌そうだった。管理課での面接を思い出したのだろう。
管理課に向かう途中で義理とすれ違った。
原理に声を掛けることはなく、一瞬だけ視線を向ける。
彼が並んで歩くシノニムと手を繋ぎながら話し込んでいるのを、進んで邪魔するような人格でもなかったし、そもそも義理自身もそういう関係性の人間が存在した。
それを確かめるように頷いてから、彼らの後ろで小さく笑っていた。
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