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あいつは何も知らない。 幼馴染みとして小中高同じ学校に通ってるが、俺があいつの近くにいたのは中学二年生までだった。 中二の夏、同じバドミントン部だったあいつと男女混合のペアを組んだ日、練習試合の途中であいつは意識を失った。 保険室の先生が言うには「女の子にはたまにそんな事も起きる」らしいが何の前触れも無かったから俺は心底心配した。 それからしばらく、あいつは俺とペアになる度に体調を崩した。 「なんか、病気なんじゃないか? 病院行けって」なんて、あまり気に留めてない振りをしつつ言ってみたが、あいつは下手な痩せ我慢で「大丈夫だから」と笑顔を作ってみせた。 中学の卒業式の日。花道が通された体育館を出て、運動場に集まって学年集合写真を撮った後、各々が別れを惜しむ中、俺はあいつの両親に呼ばれて話を聞いた。 「同じ高校に進学したんだね」 「はい。通い易さが最大の理由ですけどね」 あいつの両親と俺の家族は仲が良かった。あいつの両親は町で小さなベーカリーを営んでいて、俺の家族はそこの常連だった。 だが、あいつの体調が悪くなり始めてから、どうも距離を置かれるようになった。 その理由をこの日、卒業式の日に知ることになる。 あいつの父親が体育館の隣に設けられたテニスコートのベンチに俺を呼んだ。 重苦しそうな顔付きで俺に教えた。 「あの子には、治らない病気がある。不思議な病気なんだ、今の医学では自然治癒以外に方法がない」 保健の授業で習ったホルモンとかフェロモンの話をされた。あいつはその器官に異常があって度々体調を崩してしまうらしい。 「あの子は、君の事が好きなんだ」 「え?」と俺は思わず聞き返した。心拍数が急上昇したのを覚えている。と同時に、次に聞く言葉に絶望した。 「あの子の病は好きな人に近付くと起きてしまう。君の事が好きである限り、そばに寄れば体を蝕む」 最初は嘘だと思った。詰まらない冗談を言ってるんだ、て。 「そんなのあり得ないよ」と笑って流そうとすると、あいつの母親に止められた。 「お願い。あの子に近付かないで。放っておいてほしいの。なるべく離れていてほしいの」 俺はあいつの両親が本気で訴える姿に、言われた話が本当である事を理解した。 「……治るんですよね?」 「思春期が過ぎれば治まるケースもあるらしい。でもあの子には伏せてる。そんなんで人生を閉ざして欲しくない。今が大事な時期だ」 「特効薬とか、ワクチンとか、研究は進んでるんですよね?」 「まだ認知度の低い病気なの。医学的なデータも少ないらしいわ。あの子には重い生理痛って伝えてるけど、いつまで通用するかは、わからない」 「あの子にはなるべく普通の子と同じ学生生活を歩んでほしいと思っている。だから、見守っていてくれないか。なるべく、離れた所で。あの子は君の事が好きだけど、それを心に秘めてる。その気持ちのままでいさせてやってほしい。誰かの事を好きになる気持ちを、病気のせいで失って欲しくない」 「話さないんですか?」 「片想いのままでいさせてほしいのよ。その方が誰も傷付かないから」 両想いだと知ったその日から、俺はあいつから離れた。 高一の春。入学式で隣のクラスになった俺と教室のベランダで偶然会った。ベランダの端と端、人2人分空いた距離。 「最近、話さなくなったね」と言われたが誤魔化すのに必死になってしまった。 なんて言ったらいいんだ? どう説明したらいい? そんな俺の心の声が口に出そうになる。 「……クラスが違げぇからな」それが鐘が鳴る15秒前にやっと出た言葉だった。 高二の夏、梅雨の突然の大雨に晒されて、やむなくコンビニの屋根に逃げた時、あいつも雨宿りしていた。 あいつが俺に気付いて近付くから、とっさに距離を置いて「今汗臭せぇから近づくな」と言った。 「気にしないよ。一ノ瀬は中学ん時からワキガじゃん」と笑って近付くあいつに、俺は思わず怒鳴ってしまった。 「くんなって言ってんだろ!」と、俺に言われたあいつの頬から、ポロポロと流れたものは雨と一緒に雫になって落ちていった。 「ごめん」と俺は呟くと、雨の中走って逃げた。最悪最低な奴だ。あいつはただ俺と話がしたかっただけなのに。 なんでこんな想いをさせなきゃならない? いっその事、俺を嫌いになればいい。 翌日、教室のベランダで、あいつは俺の事を待っていた。ベランダの端と端、人2人分の距離。あいつは昨日の事なんて忘れた振りして俺を見て笑ってみせた。 「昨日は腹下してて、正直漏れそうだった」 下手な言い訳をするとあいつは優しく笑い、 「だと思った」と話を合わせた。 休み時間の間だけ、2年ぶりに話をした。 5分だけの2人時間だった。 「彼女いるの? 部活もバド辞めてサッカーに変えたし、何か背も伸びたね」 「一気に質問し過ぎだろ。彼女いねーし部活変えたし背も伸びたよ」 取り止めのない話。でも、楽しい時間。 鐘が鳴り、皆が教室に戻り始める。 「また昼休みにね」とあいつは言うと手を振って戻って行った。 授業中にそれは起きた。 隣で物音がして、誰かの叫び声がして、騒がしくなった。 怖くなった俺は、教室を飛び出して隣のクラスを見に行った。 担架で運ばれるあいつの姿が目に映った。 突然倒れたらしい。 俺のせいだ。きっと近づき過ぎたんだ。
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