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AI開発と同時に進めなければならなかったのが、そのAIを活用するために必要なシステムの開発だった。
何に活用すればいいのか。悩んでいたところ天啓のように降りてきたのがヴァネヴァー・ブッシュの『memex構想』とテッド・ネルソンの『ザナドゥ計画』だった。
あらゆる情報を一カ所に集約して管理する。個別の情報を相互リンクで関連付けてあらゆる角度から分析ができるようにする。その基本コンセプトに途中から坂村健教授の『TRON』を利用した『どこでもコンピューター』の概念が加わり、プロメテウス計画は多くの人々を巻き込んで進んでいく。
私の閃きから端を発した計画は熱を帯び、私はどんどん開発にのめり込んでいくことになった。
「お母さん、しりとりしよ。しりとり」
「ちょっと忙しいんだから後にしてくれない?」
「後って、いつ?」
「後よ後よ。これが終わってから」
子どもを作るつもりなどなかった。妊娠して出産するとなると、最低でも一年は計画に遅れが生じる。だけど、これに関しては、私の頭の中に母の言葉が引っかかっていたのかもしれない。
お金より大切なもの。それは私にとってはプロメテウス計画の完遂こそが大切なことになりつつあったが、それ以外の意味でも、母の言っていたことを理解したいという欲求があったのは事実だった。
壮一郎はそんな私の気まぐれに付き合ってくれた。彼は優しい。そして私よりも人間らしい心を持っていた。巻き込んでしまったのは間違いだったと悪阻がひどくて横になっていたときにひどく後悔したが、亜紀が生まれて壮一郎が嬉しそうに笑っている姿を見たとき、私は安堵で視界がぼやけるのを自覚した。
「お母さん、いつもそんなこと言って遊んでくれないじゃない」
亜紀は誰に似たのかとても我が儘に育ちつつあった。といってもまだ保育園児なので我が儘なのが当たり前なのかもしれない。
父や母に言わせると私の幼かった頃とそっくり同じなのだと言う。なんとも納得しかねる発言だと思った。
「ねぇ、しりとりしよーよー」
子どもの学習能力は凄い。毎日次々と新しい言葉を覚えている。亜紀がしりとりをしたがるのは、その新しく覚えた言葉を使ってみたいからのようだった。
だけど自分には仕事がある。子どもの相手をしている時間が惜しい。
「後にしてくれないかな?」
「やだ」
頑固である。素直であるともいえる。
下から見上げる瞳はまっすぐ私の顔を見ていた。父と母は亜紀が私によく似ていると言うが、私からすれば亜紀は壮一郎に似ていると思う。
仕方ないな。仕事を中断する決心が固まったところで、私の心に小さな悪戯心の火が灯った。
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