月日は流れて

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月日は流れて

 それから月日は流れて、プロメテウス計画は成就した。  しかしそのとき、発案者であり最大の功労者であった三沢律子の姿はなかった。  BAR『モダンタイムス』の店内。仙道壮一郎と三沢亜紀はカウンターでお酒を飲みながら話していた。 「彼女が一番頭を悩ませたのがインプットの部分だった」 「入力の部分ってこと?」 「そう。ユーザー管理の部分。  基本的にシステムというものは性悪説に基づいて構築される。だから、それを考慮していないシステムというのは、一人のユーザーの予想外の行動によってエラーを起こし、その他大勢のユーザーに甚大な被害を与えることになってしまう。  コンピューターウイルスだってそうだ。特定の誰かを狙って作られることはまずなく、プログラマーの自己顕示欲や自己満足のために作られて世界中に拡散されていく」 「迷惑な話ですね」 「でもそういうものなんだ。だからユーザー管理を厳格に行うことはやむを得ないことだった。  自分の自己満足のため、自己顕示欲のため、自分の私利私欲のために、デマや不正確な情報を発信しようとする輩は常に一定数存在する。そのようなユーザーをどのように扱うかは計画を実現させる上での至上命題だった」  壮一郎はビールを飲んだ。  亜紀は自分の前に置かれたグラスに視線を落とした。  コスモポリタンという名の赤いカクテルがそこにはある。口にしてみるとクランベリーの香りと酸味や甘味が鼻腔をくすぐりながら喉へと流れていった。 「彼女が『教授』と呼ばれる人物とコンタクトを取っていたことは知っているかい?」 「教授って何処の?」 「それがよく分からないんだ。実際に何処かの大学の教授なのかもしれないし、ネット上のハンドルネームなのかもしれない。ただ一つ言えるのが、教授はデータ至上主義者であり、インプット部分の問題について完璧に近いプランを彼女に提案したようだった」 「完璧って……」 「ユーザー管理の中に信頼度を隠しステータスとして設け、その人物の過去の発言や実績などと照らし合わせ、総合的な情報の信頼性を数値化する。  そしてそれをどれくらいの信頼度を持った人物が評価するか、複数の人物たちによってすでに確立されている情報と比較して矛盾点がないかなどをAIによって判断させる。  さらに幾つもの手法がミックスされており、絶妙な情報判断のプロセスによって構成されていたらしい」 「単純にオンとオフではないんですね」 「有能な人物も時には間違いを犯す。逆に信頼性の低い人物も有益な情報を生み出すことがあるので、極端な判断にはならないようになっているらしい。彼女は天才だったが、その教授という人物も相当の切れ者だね」 「じゃあ、母さんはその教授のプランを?」 「受け入れざるなかったようだよ。彼女も合理主義者で完璧主義者だったからね。システムの根底を揺らがせる要因があるなら潰しておくに越したことはない」 「システム開発って大変なんですね」  亜紀は空になったグラスを眺めながら言った。
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