月日は流れて

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「仕事は何だって大変さ。でも彼女が人生の大半を費やしてでもプロメテウス計画を成就させようとしたのは、それが確実に人々の役に立つと確信していたからだろうね。  でも、それだけに悩んでもいたようだよ。生み出そうとしているシステムが管理社会の強固な(いしずえ)になる可能性を」 「管理社会?」 「社会システムを公平公正に運用するためには、それを享受する人々の情報を管理する必要がある。  良い面はあるさ。税金や還付金の処理や公的書類手続きや社会的信頼性の証明、緊急時のワクチン接種処理とかね。  だけど悪い面もある。出生記録や通院記録、銀行預金記録、物品の購入記録などの趣味志向情報。これらをすべて『管理者』に把握される」 「生活していく上での情報すべてを把握され続けるわけね」 「そうだ。それもシステムを利用する国すべての個人情報の一括管理だ。個人データには高度なセキュリティがかかっており、気軽に参照されることはなく、主に内部処理のためだけに使われるとはいえ、気持ちは良くないだろう?  個人情報なんてビジネスをする人や詐欺師なんかにとっては垂涎(すいぜん)のお宝だろうからな。そんな大きなリスクを、巧妙なプログラムとセキュリティによって解消させているんだから、まったく教授という人物は凄いよ」  仙道壮一郎も相当優秀なプログラマーだと聞いている。  その壮一郎が舌を巻くほどのシステムを教授は構築した。教授という人物の非凡さがひしひしと感じられた。 「実はシステムは半年以上前に完成していたんだ。だから彼女のゴーサインさえ得られれば、いつでも公表して運用に移す用意ができていた。しかし、彼女はいつまで経ってもゴーサインを出さなかった」 「できていた? あのプロメテウスシステムが?」 「そうだ。だから早々に発表してしまえば、彼女は亡くなることがなかったかもしれないし、自分の作ったシステムが全世界に了承され広まっていく様子を見ることができたかもしれない」 「そんな……」  半年前にできていたシステム。母さんはどうしてそれをさっさと公開しなかったのだろう。 「彼女が完成していたシステムを公開しなかった理由、それは彼女なりのこだわりがあったせいだった。私もジェラルドもそれが何なのかさっぱり分からなかった。だけど、君から渡されたメモリーチップの中身を見て、やっと理解できたような気がするんだ」 「どういうことですか?」 「彼女はプロメテウスシステムが管理社会の強固な礎になってしまうことに強い抵抗を持っていた。  合理主義者で、完璧主義者で、無駄が大嫌いだった彼女なのに、それを他者に強要するのを良しとしなかった。それは彼女の優しさだった。  彼女はずっと考え続けていたんだ。管理社会を救う方法を。だからその答えが見つかるまで、システムの運用を認めなかった」 「お母さんは見つけたの?」  不安そうに尋ねた亜紀に壮一郎は笑顔で頷いた。
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