5.父の落とし物

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 ふすまを閉めて喪服を脱いでいると「かなちゃん。孝介くんいるよな?」と夫の声が聞こえた。 「どしたん、返事ない?」 「うん、寝てるんかな」  ジーンズにはきかえて和室を出ると叔父さんは自分でお茶を淹れていた。「あ、ごめん」と言った私に「いやなんの、すまんなあ。夕飯の買い出しもお願いしてもうて」とダイニングチェアに腰をかけた。  六十になっても独身貴族のこの人は、いつの間にかスーツを鴨居に引っ掛けていた。専用のブラシで手入れまで済ませたらしい。クリーニングにも出せない父とは大違いだ。 「おーい、寝てるんかー」  彼女さんが中にいるけど仕方ない、と思いながら何度かノックをすると仏頂面の弟が出てきた。眼鏡をかけた彼女さんが縮こまっている。 「透くんが買い出し行ってくれるって。何食べたい?」 「いらん」  そう言ってドアを閉めようとした。おい待て、孝介はよくても彼女さんは土地勘ないやろ。そこは三つ上の彼女さんに気を使え、と思いながら手を差し込むと、弟はあからさまに嫌そうな顔をした。後ろからか細い声が聞こえる。 「すみません、私はなんでも大丈夫です」 「じゃあ適当に買ってきますね」 「はい……本当にごめんなさい」  彼女さんは弟の分までと言わんばかりに頭を下げた。私より一つ上のはずだけれど、とてもそう見えない。声は小さいし物腰も低すぎる。弟の我儘に押しつぶされたりしないだろうかと余計な心配をしてしまう。 「透くんごめん、適当に買うてきてくれるかな」 「任せといて。ゆうちゃん、行こか」  準備万端の長男が玄関で「はやくー」と言っている。父が亡くなったと知らせを受けてから四日間、幼稚園を休み遊び相手もいない。ずっと屋内にいるのは退屈だろう。  二人が出ていくと私は玄関で寝そうなくらいの睡魔に襲われた。弟の部屋から話し声が漏れていたが、会話は聞き取れなかった。
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