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その年の秋、弟からSNSにメッセージが届いた。
『お久しぶりです。ちょっと話したいことがあって、電話していいですか?』
出先だったが思わぬ敬語のメッセージに目が釘付けになった。その場にいた人たちとの話を適当に流しながら『午後ならいつでも』と返信をする。
弟から連絡が来るとしたらあれかこれかな、と予想を立てていると午後二時頃に電話がかかってきた。
「どうも、おひさしです」
「はい、どうも。元気にしてたん?」
他人行儀な挨拶を交わすと「いやー関西弁ひさしぶりやなー俺もうそっちの言葉話せんしなー」と笑い声が返ってきた。
「孝介もなまってるけど」
「あれ? こっちの人間になったつもりやったんやけどな」
「本題はなんですか」
「あーえーと……じつは離婚しまして」
そんなことだろうと思った。プライドの高い弟は間違っても私たちに金の無心をしたりはしない。家が焼け落ちても地元の友人を頼るだろう。わざわざ私に連絡してくるときは親戚関係か離婚のときだと思っていた。
そうでしょうね、と返すと「あ、やっぱりわかっちゃった?」と変な関東なまりで彼は言った。
「彼女が気の毒でしかないわ」
「オレもそう思います」
意外な返しに私は驚いてしまった。
「孝介でもそんなん思うん」
「さすがに思うわ。オレはいろいろ間違ってました。あーその節は……」
言葉を濁したので続きを待った。しばらくして咳払いが聞こえたので「何なん」と促してみた。
「かなこさんと透くんにもご迷惑おかけました。すみませんでした」
「もうええよ、七年も前のこと」
年数をすぐ言えるあたり、私もかなり根に持っていたなと思うが言ったことは消せないしやったこともなかったことにできない。弟なりに改心して変わろうとしているなら、私はただそれを受け入れるだけだと思った。
「彼女にはちゃんと謝ったんか」
「それはもう」
「ご両親には?」
「あー……まだこれから……」
「すぐ謝りに行きなさい。彼女さんがええて言うても、それはせなあかん」
「わかった、すぐ行く。来月にでも……」
「遅い、離婚届出したんやったら今月中や」
「そうする」
弟は怖いくらい素直だった。離婚に至るまでの流れを話し始めたが、私も素直に聞けた。数々の失敗話をしながら私がまだ実家にいた頃の、屈託のない笑顔が見えるようだった。
西側の掃き出し窓から陽が差し込み始めた。もうすぐ次男が帰ってくる。私が熱を帯びた携帯電話を持ち直して「そろそろ」と言うと、弟はあわてたように「あんな」と言った。
「今度手を合わせに行きたいんやけど、ええかな」
私は母の遺骨に視線を向けた。遺品整理をして実家を引き払った六年前から、簡易的に用意した仏壇替わりの棚に父と母の写真、奥に母の遺骨を置いている。父と同じお堂に納骨しなければと思いながら、なかなか踏ん切りがつかないでいた。
「いつでもどうぞ」
「来月でも?」
「平日は困るけど、日曜ならいつでも」
「じゃあ向こうのご両親に謝りに行って、それから行かせてもらうわ」
弟がそんな提案をするとは思っていなかった。六年の月日が彼の何を変えたのか。私が変わっていったように、弟も大切なものを落としてようやく気付いた「何か」があったのか。
「納骨、一緒に行くか?」
「お堂がそっちに近いんやっけ」
「偶然やけどな。お父さんにも一回手を合わせとき」
「……せやな」
そう返事をして通話を終了した。同時にインターフォンが鳴り、「ただいまー!」と小学二年生になった次男が帰宅する。
本当に弟が納骨に行くかどうかはわからない。けれど拒否をしなかっただけで十分だった。
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