15人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
母はため息をつきながら洗濯物をはたく。
「そんなんもろて喜ぶ娘なんかおらんて言うたんやけど、渡すて聞かんから」
「かなこに似合うやろ?」
「似合うで、新品やったらな」
母は苦笑いをしてベランダに出た。父の拾い癖に散々苦労させられ、怒る気力もないのだ。
「これ、誰かの落としものやろ?」
「そうやろな」
「誰が落としたんやろ」
「さあなあ」
「いつから落ちてたんかな」
「そうなあ」
だめだ、のれんに腕押し。父にとって落ちていた物は誰のものでもない。元の所有者には興味がないらしい。私は仕方なく胸に当ててみた。母についてベランダに出ていた長男がかけてくる。
「ままーなにそれ?」
「おじいちゃんがくれてん。似合う?」
「まま、かわいー」
長男が抱きついてきたのであわててネックレスを上げた。次男も触らせろとばかりにしがみついてくる。
「うーん、ありがとう」
「なんのなんの」
父はご満悦で煙草のケースを取り出した。「おじいちゃん、たばこはそとー」と長男に言われて腰を上げる。吸う前から咳き込んでいるのに一生禁煙はしないつもりだな。若い頃は一日に一ケース半吸っていた。最近は吸う本数が少なくて済んでいると自慢げに言っていたが、どっちにしろ早死にするわと思っていると母が戻ってきた。
「かなこ、無理に受け取らんでええで。誰が触ったかもわからんのに」
「いやーうーん、子供らおるし洗ってもええかな」
父はベランダに出ながら「好きにしぃや」と言った。背中の向こうで煙がのぼり、長男が「くさいー」と掃き出し窓を閉める。
持ち主の方、ごめんなさい。とりあえずきれいにしますと思いながら蛇口をひねった。錆びた部分から黒い金属が見えている。本物の銀じゃないよなあ。百円ショップでも売ってそうとは口が裂けても言えない。
ざっと拭いて乾かし、悩んだ末に押しピンで壁に吊り下げた。
最初のコメントを投稿しよう!