揉んで下さい

1/1
199人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

揉んで下さい

 今日は鶏肉の気分。  スーパーで特売だった鶏むね肉を目の前に、僕はメニューを考える。焼こうかな? 蒸そうかな? ソースを作ってかけても美味しいよね。よし、タルタルソース作って食べよう!  そう思い立って冷蔵庫を開けた僕に、敦史さんが「空」とコーヒーを片手にソファーの上から声を掛けた。 「何か、俺もしようか?」 「いえ、今日は僕の手料理を食べてもらいたい気分なんです」 「だが……」  コーヒーのカップに口をつけながら敦史さんは眉を下げる。今日は二人とも休み。いつもなら一緒に料理するけど、敦史さんは昨日の帰りが遅かったんだよね。きっと疲れているから僕が作るって提案したのだ。  でも、敦史さん、こっちに来たそう……。  うーん……ちょっとだけ、手伝ってもらおうかな。  そういえば、むね肉って揉めば柔らかくなるんだっけ? 「敦史さん、ちょっとやってもらいたいことがあるんですけど」 「うん? 何でも言って欲しいな」 「むね、揉んで下さい」  げほっ、と敦史さんがむせる。  喋りながら飲んだから、コーヒー喉に詰まらせたのかな!? 「敦史さん! 大丈夫ですか!?」 「げほ、そ、空……」 「さすりますね?」  敦史さんの元に駆け寄って、うずくまっている背中を撫でた。しばらくさすっていると落ち着いたのか、敦史さんは「ふう」と息を吐いた。 「空……いきなりとんでもないことを言うんだな……」 「え?」 「何を揉むって?」 「え? むねです」 「……」 「鶏むね肉。夕飯に使うので……」  僕がそう言うと、敦史さんの顔がみるみる赤く染まった。 「そ、そういうことか……むね肉だな。よし、揉ませてもらおう!」 「あ、はい。お願いします。僕はタルタルソースを作りますね」 「それは美味しそうだ」  敦史さんは腕まくりをして、足早にキッチンに消えた。  どうして赤くなったんだろう。お腹、空いてたのかな?  それじゃ、今日の夕食の時間を早めようっと。  タルタルソースは、前にも作ったことがあるから自信がある。敦史さんと一緒に食べるから、きっと倍のレベルで美味しいよね。  敦史さんが残していったコーヒーのカップを手に、僕もキッチンに向かう。良く分からないけど敦史さんは「煩悩消滅……」とかなんとかぶつぶつ呟きながら、大きな手で鶏むね肉をビニール袋越しにぎゅっぎゅっと揉んでいた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!