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揉んで下さい
今日は鶏肉の気分。
スーパーで特売だった鶏むね肉を目の前に、僕はメニューを考える。焼こうかな? 蒸そうかな? ソースを作ってかけても美味しいよね。よし、タルタルソース作って食べよう!
そう思い立って冷蔵庫を開けた僕に、敦史さんが「空」とコーヒーを片手にソファーの上から声を掛けた。
「何か、俺もしようか?」
「いえ、今日は僕の手料理を食べてもらいたい気分なんです」
「だが……」
コーヒーのカップに口をつけながら敦史さんは眉を下げる。今日は二人とも休み。いつもなら一緒に料理するけど、敦史さんは昨日の帰りが遅かったんだよね。きっと疲れているから僕が作るって提案したのだ。
でも、敦史さん、こっちに来たそう……。
うーん……ちょっとだけ、手伝ってもらおうかな。
そういえば、むね肉って揉めば柔らかくなるんだっけ?
「敦史さん、ちょっとやってもらいたいことがあるんですけど」
「うん? 何でも言って欲しいな」
「むね、揉んで下さい」
げほっ、と敦史さんがむせる。
喋りながら飲んだから、コーヒー喉に詰まらせたのかな!?
「敦史さん! 大丈夫ですか!?」
「げほ、そ、空……」
「さすりますね?」
敦史さんの元に駆け寄って、うずくまっている背中を撫でた。しばらくさすっていると落ち着いたのか、敦史さんは「ふう」と息を吐いた。
「空……いきなりとんでもないことを言うんだな……」
「え?」
「何を揉むって?」
「え? むねです」
「……」
「鶏むね肉。夕飯に使うので……」
僕がそう言うと、敦史さんの顔がみるみる赤く染まった。
「そ、そういうことか……むね肉だな。よし、揉ませてもらおう!」
「あ、はい。お願いします。僕はタルタルソースを作りますね」
「それは美味しそうだ」
敦史さんは腕まくりをして、足早にキッチンに消えた。
どうして赤くなったんだろう。お腹、空いてたのかな?
それじゃ、今日の夕食の時間を早めようっと。
タルタルソースは、前にも作ったことがあるから自信がある。敦史さんと一緒に食べるから、きっと倍のレベルで美味しいよね。
敦史さんが残していったコーヒーのカップを手に、僕もキッチンに向かう。良く分からないけど敦史さんは「煩悩消滅……」とかなんとかぶつぶつ呟きながら、大きな手で鶏むね肉をビニール袋越しにぎゅっぎゅっと揉んでいた。
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