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くわえる
恵方巻を食べる、食べる、食べるっ!
「……」
静寂の室内で、僕はひたすら口をもぐもぐと動かす。その様子を、敦史さんがじっと観察している……何故かにこにこしながら。
「……ぷは! ごちそうさまでした!」
「良い食べっぷりだな」
敦史さんは恵方巻を齧ることはしないで、包丁で食べやすい大きさにカットして、それと一緒に日本酒を飲んでいる。上品な食べ方だ。僕は日本酒が苦手なので温かいお茶を啜った。ふう、疲れた。食べる時に喋っちゃいけないって強く意識するから、余計に疲れるのかな。
「空は可愛いな」
「……はい?」
食べ終えて手をおしぼりで拭く僕に、敦史さんが笑いながら言う。急にそんなことを言われた僕は、何で? と首を傾げた。
「敦史さん、酔ってます?」
「酔うほど飲んでいないよ」
敦史さんはふふっと笑いながら、恵方巻を箸で摘まむ。
「もごもご食べている様子が可愛かった」
「……品が無くてすみません」
「いや、そうやって食べるのが本来の食べ方なんだから空が正しい。それに、品が無いなんて思っていない」
そう言ってくれた敦史さんだが「しかし……」と言葉を続ける。
「他の人間には見せたくない光景だった」
「え? どうしてですか?」
「一生懸命に咥えている空の顔を誰にも見せたくない」
咥える?
えっと、えっと……えっと!?
ま、まさかベッドでのことを言っておられますか敦史さん!?
そりゃ、敦史さんのを咥えたりすることも無いことも無い……けど!
「敦史さん、酔ってますよね!?」
「酔っていない」
僕はテーブルの上の日本酒の瓶を取り上げた。中身は、半分くらい減っている。
敦史さんは、顔に出ないのだ。
「もう、今日はお酒は禁止です!」
「あと一杯だけ」
「駄目です!」
瓶を抱える僕を見て、敦史さんはまた「可愛い」と笑う。そして、手を伸ばして僕の頭を引き寄せて、熱いくちびるでキスをした。
「空……」
「はふ……」
溶けるようなキスを繰り返す。まだご飯の時間なのに……ま、いっか。
今年も一年、仲良く健康に過ごせますように。
そう願いながら、僕は敦史さんから伝わる熱に身を任せた。
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