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チョコレート
がちゃり。
ドアの開く音がしたので、僕は敦史さんを出迎える。
「ただいま、空」
「おかえりなさい、敦史さん……っ!?」
敦史さんの左手には、大きな紙袋。その中には、色とりどりのラッピングがされた……そう、チョコレートだ。敦史さん、やっぱりモテるんだなぁ。高そうなやつも入ってるし、これは本命? いや、まさか……。
僕の視線に気が付いたのか、敦史さんは苦笑する。
「バレンタインだから。義理で皆がくれるんだよ」
「それにしても、多いですね。さすが……」
「でも、空だって貰っただろう?」
敦史さんの言葉に、僕は「うーん」と唸る。
「貰ったって言うのかな……」
「空?」
「いえ、なんか、食べているところを見せて欲しいって言われて」
「な、何!?」
「チョコが塗ってある棒状のお菓子ありますよね。あれを数人の女子社員の前で食べました」
「た、食べたのか……」
「はい、せっかく貰ったので」
何故だかショックを受けている様子の敦史さんだ。もしかして、あのお菓子が好きだったのかな?
「空……」
「はい」
「空は無防備すぎる」
「……え?」
「ただでさえ食事をしている姿が可愛いのに、お菓子を……棒状のお菓子を人前で食べるなんて……けしからん」
「敦史さん?」
「……よし」
せっかく帰って来たのに、また出て行こうとする敦史さんの腕を僕は咄嗟に掴んだ。
「どこに行くんですか!?」
「そのお菓子を買ってくる。だから俺の前でも食べて欲しい」
敦史さん、本当にどうしちゃったんだろう。
そう思いながら僕はエプロンのポケットから、そのお菓子の箱を取り出した。
「これ、余ったやつがありますけど……食べませんか? 一緒に」
「っ……!」
「恋人と端と端を咥えるゲームありますよね。あれ、やりたいな……」
「空……!」
僕のことをぎゅうと抱きしめながら敦史さんが小さな声で言う。
「すまない。自分を見失っていた」
「どうしちゃったのかは分からないですけど、まぁ、食べましょうよ。夕食後に」
「そうだな。よし、そうしよう」
僕からお菓子の箱を受け取って、敦史さんはそれを大事そうにテーブルの上に置いた。
僕はと言えば、ちょっと今からそわそわしている。食後にね、渡すんだ。本命チョコ。冷蔵庫の一番奥に隠してある。
誰のチョコよりも、一番美味しいって言ってもらえますように。
僕は小さくそう祈って、平静を装いながら夕食を温めた。
ハッピーバレンタイン。
今夜はきっと、甘い夜が過ごせるよね。
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