初めての色

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初めての色

 桜色の感情が真っ直ぐ自分に向けられるのを見たのは、その時が初めてだった。  そもそも感情とは目に見えないものであって、それに色があるというのはおかしな話だが、とにかく私はそう感じた。  この人と正面から向き合うのは2度目。もしそれ以上あったとしても、覚えていない。名前もはっきりとは思い出せない。  自分の中のこの人は、そのくらいに薄い存在だ。  だからこそ、不思議だった。  ぶつかった瞬間に見えたその色。それが何を表すのかは分からない。ただ、雨の日は皆、なんとなく青く沈んだ色になる。だから、そこだけ明るい暖色なのが珍しかった。  持っていたプリントやらがやけにゆっくりと舞い上がるのを眺めて、なんだか漫画チックだな、と思う。それから、湿気で調子の悪い自分の髪が宙に広がるのを見て、まとめてくれば良かったとぼんやり考える。  ドサッ  尻餅をついて痛みを感じた瞬間やっと、今の状況を認識する。特別教室へ移動している途中に、廊下の角で人とぶつかってしまったのだ。  何度か瞬きをする。ピンク色がまだ目の奥にちらついている。  正確に言えば、ピンクなんて安っぽい色じゃない。もっと複雑で、桜の花弁のように淡い感じ。もう少し格好よく言うとしたら、薄紅色。 「ごめん、大丈夫?」  慌てたような少し高い声が上から降ってくる。ぶつかった相手が、床に座り込んで動けない私に手を差し伸べてくれていた。  栗色の短い髪が視界に入る。
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