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名無しカード
最初はラブレターかと思った。しかし心に浮かんだその可能性は、すぐに掻き消された。自分がラブレターを貰うような人間だとは思えなかったのだ。
「おはようあーちゃん」
聞き慣れた声に振り向くと、幼馴染みの佐藤多留都が手を振っていた。やけに似合うツインテールと制服のプリーツスカートが可愛らしく揺れている。彼女は雨から逃れるように、小走りで昇降口に入ってくる。
現実世界でツインテールが許される高校生は、彼女くらいだろう。
「たると、おはよう」
"たると"などという甘ったるい名前も、彼女でなければ許されないだろう。
傘をたたんですぐそばに来たたるとは、こちらを見上げながら小首をかしげる。小動物みたいだ、と私は密かに微笑む。私たちは二足歩行する前からの付き合いだが、この身長差はいくつになっても変わらない。
「どうしたの?下駄箱なんか見つめちゃって」
「いや、別に⋯⋯」
思わず口ごもる。何もやましいことはないのだが、こんなところでラブレターという言葉を口にするのは気が引ける。
「手紙?」
すばしっこい彼女は、下駄箱を閉じる前にひょいと覗いてくる。見られてしまっては仕方ない。
「たぶんね。これどうしようかと思ってたの」
「見ないの?」
「だって、人違いってこともあるでしょ」
「そんなこと疑うのあーちゃんだけだよ。見ようよ」
たるとは明らかに面白がっている表情だ。やはりラブレターと思っているのかもしれない。私は苦笑いして仕方なく手紙に手を伸ばす。
靴を入れようとした私の下駄箱に入っていたのは、シンプルに2つ折りにされたメッセージカードのようなものだった。
「何書いてある?」
表には何も書かれていない。
背の小さいたるとは、そのカードをよく見ようと私のすぐそばで背伸びする。
「んー⋯⋯?」
たるとも、ラブレターという感じではなさそうと気づいたらしい。
私はそっとメッセージカードを開く。内容はシンプルだった。
"Happy Birthday!"
真っ白なメッセージカードの真ん中に、ピンク色のカラーペンでそれだけ書かれていた。文字は可愛い感じでそれほど大きくなく、ぽつりと書かれたそれがなんだか寂しく見える。
「誕生日⋯⋯そういえば今日だっけ」
「ああっ!あーちゃんの誕生日今日かぁ、しまったー」
忘れていたらしいたるとは、横で頭を抱えた。しかし彼女とは小学校低学年で別れて以来、つい最近高校で再開したのだ。忘れているのも無理はない。
かくいう私も、自分の誕生日だが忘れていた。正直興味がないのだ。そういえば朝、家族からメールが届いていたような気がしなくもない。
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