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「ラブレター?」
人違いではなかったと考えていると、後ろから気になる単語が聞こえた。どきりとして思わず振り向く。向かいの下駄箱で、2人の男子が私たちと同じように何かを覗き込んでいる。こちらのことを言われたわけではなかったようだ。
「千翔くん」
思いがけず、たるとが彼らに声をかける。2人のうち、髪が黒い方の男子が振り向く。その顔を見てはっとする。
千翔とは、聞いた事のある名前だった。たるとがよく話に出すのだ。彼女と同じ陸上部で足がすごく速い、たるとの師匠(おそらく勝手に呼んでいる)だとか。
「ああ、シュガー」
するりと心の隙間に入ってくるような涼しい声。
私は彼を知っていた。入学式の時に一度だけ、短いとても印象的な会話を交わした事がある。たるとの師匠である里見千翔が、その彼だとは知らなかった。細い身体と白い肌で、運動部には見えない。
というか、佐藤だから砂糖とは安直なあだ名だ、と一拍遅れて考える。
「ラブレター貰ったの?今度は破り捨てないでちゃんと断るんだよ」
たるとはさらりと言うが、衝撃的な事実だ。以前も貰ったことがあり、破ったということだ。しかも今回も断るのが前提。さらにいえば、彼も自分たちと同じ1年生で、まだ入学したばかりのはずだ。
よく見ると確かに整った顔ではある。以前も綺麗な人だという印象は受けた。しかし、それを隠すような長めの前髪と乏しい表情により、近寄り難い雰囲気の方が前に出ている気がする。
たとえモテたとしても女の子を泣かせそうだ。
勿体ないな、と思いながら何気なく里見くんの手元を見る。
「あれ、それ⋯⋯」
私の呟きに、彼もこちらが持っているものに気づいたようだ。彼の手には私のものと似たようなカードが握られている。里見くんは、まだ開いていなかったそのカードをそっと開く。中身がこちらからでも見える。そこには、青色のカラーペンで誕生日を祝う言葉だけが書かれていた。
私たちは思わず2つのカードを何度も見比べる。それらは文字の色が違うだけで、あとはそっくりだった。
「やっぱりそれ、噂になっているやつじゃない?」
「噂?」
顔を上げて、里見くんと共にいた茶髪の男子、真坂京介くんを見る。彼はつい先日生徒会の役員に選ばれていたので、見たことはあった。地毛のようだが明るい髪と、背の高さが印象的だ。こちらは明らかに女の子にモテそうな雰囲気を持っている。
「うん。クラスの女の子が騒いでたよ。なんか変なバースデーカードが送られてきたってね」
里見くんとは対照的に、穏やかな笑みを浮かべながら言う。女子が理想として”優しい人”とあげた場合、彼のような人を想像しているのだろう。
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