名無しカード

3/3

17人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
「俺も聞いたことある」 「不特定多数の人に送られてくる名無しのバースデーカード⋯⋯噂は本当だったんだね」  たるとが呟く。謎のバースデーカードだと思うと、少し不気味だ。 「あれ、でも千翔くんの誕生日って今日じゃないよね?」 「一昨日だけど、土曜日だったから」 「なるほど」  月曜日の今日にまわされたということか。 「ま、どうでもいいか」  里見くんは冷たい声でそう言うと、カードを破ろうとする。私はぎょっとした。 「ちょ、ちょっと、ダメだって。真坂くんも笑ってないで止めて!」  慌ててたるとが止める。  真坂くんは屈託ない顔で、どうして?と言うように笑顔のまま首を傾げた。優しそうに見えるが、彼もそのようなタイプの人間なのだろうか。それとも、里見くんと一緒にいることで疑問を持たなくなったのだろうか。 「はあ、じゃあどうしろと?」 「それは⋯⋯」  たるとは言葉につまる。確かに破るのは薄情過ぎるが、かといって扱いに困るのも事実だ。 「とにかく、ここでは破らないで。せめて家には持ち帰って」 「分かったよ、学校では破かない。学校ではね」  里見くんはそう言って、カードを無造作にポケットに入れる。私だってこのカードを保管するかは怪しいにしても、里見くんの言葉はいちいち棘がある。 「京、行こう」  気がつくと、壁に掛かった時計はすでにSHR(ショートホームルーム)2分前を指していた。無言で早く教室へ行け、と言っているような先生の背中が見える。 「じゃあなシュガー。⋯⋯と」  黒く冷たい瞳と初めて視線が交わる。 「アリス」  息を呑む。  里見くんは、まるで何かの童話の題名のように私たちの名を呼び、だるそうにひらひらと手を振る。向こうを向く直前に見えたその口の端は、面白がるように上がっていた。  赤く形のいい唇に視線が吸い寄せられる。私はそれを以前も見た事があった。思わず唾を飲む。呼び止めたくなるのをなんとか我慢して、2人の背中をたるとと見送る。 「アリスって⋯⋯なんで千翔くんがそう呼んでるの?」  首を傾げて呟くたるとを横目に、私は速くなった鼓動を静めようと、こっそり深呼吸した。  私のことを覚えていた?  何故その名前で呼んだの?  何故、私を見たの?  確かにさっき、彼は私を見た。他の誰でもなく。  あの日の光景が目の前を(かす)める。  私を取り囲みながら散る桜。美しい人が立っていた。彼は私を見ているのに私を見ていなかった。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加