17人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
「俺も聞いたことある」
「不特定多数の人に送られてくる名無しのバースデーカード⋯⋯噂は本当だったんだね」
たるとが呟く。謎のバースデーカードだと思うと、少し不気味だ。
「あれ、でも千翔くんの誕生日って今日じゃないよね?」
「一昨日だけど、土曜日だったから」
「なるほど」
月曜日の今日にまわされたということか。
「ま、どうでもいいか」
里見くんは冷たい声でそう言うと、カードを破ろうとする。私はぎょっとした。
「ちょ、ちょっと、ダメだって。真坂くんも笑ってないで止めて!」
慌ててたるとが止める。
真坂くんは屈託ない顔で、どうして?と言うように笑顔のまま首を傾げた。優しそうに見えるが、彼もそのようなタイプの人間なのだろうか。それとも、里見くんと一緒にいることで疑問を持たなくなったのだろうか。
「はあ、じゃあどうしろと?」
「それは⋯⋯」
たるとは言葉につまる。確かに破るのは薄情過ぎるが、かといって扱いに困るのも事実だ。
「とにかく、ここでは破らないで。せめて家には持ち帰って」
「分かったよ、学校では破かない。学校ではね」
里見くんはそう言って、カードを無造作にポケットに入れる。私だってこのカードを保管するかは怪しいにしても、里見くんの言葉はいちいち棘がある。
「京、行こう」
気がつくと、壁に掛かった時計はすでにSHR2分前を指していた。無言で早く教室へ行け、と言っているような先生の背中が見える。
「じゃあなシュガー。⋯⋯と」
黒く冷たい瞳と初めて視線が交わる。
「アリス」
息を呑む。
里見くんは、まるで何かの童話の題名のように私たちの名を呼び、だるそうにひらひらと手を振る。向こうを向く直前に見えたその口の端は、面白がるように上がっていた。
赤く形のいい唇に視線が吸い寄せられる。私はそれを以前も見た事があった。思わず唾を飲む。呼び止めたくなるのをなんとか我慢して、2人の背中をたるとと見送る。
「アリスって⋯⋯なんで千翔くんがそう呼んでるの?」
首を傾げて呟くたるとを横目に、私は速くなった鼓動を静めようと、こっそり深呼吸した。
私のことを覚えていた?
何故その名前で呼んだの?
何故、私を見たの?
確かにさっき、彼は私を見た。他の誰でもなく。
あの日の光景が目の前を掠める。
私を取り囲みながら散る桜。美しい人が立っていた。彼は私を見ているのに私を見ていなかった。
最初のコメントを投稿しよう!