19人が本棚に入れています
本棚に追加
ユフ後、世界の姿は様々な意味で大きく変化した。
当時生息していた生物のおおよそは絶滅しあるいは汚染され、人間が食糧として摂取可能なものはほぼ存在しなくなった。人間は細々と残された食料を培養し辛うじて食いつないだ。自然と、そして様々な理由でその個体数も減少の一途を辿った。それでも、近い将来において枯渇することは目に見えていた。
この国の全ての人間の生命を賄うには残された資源では全く足りなかった。このままでは数年のうちに全ての備蓄を食べつくして人間が滅ぶことは自明だった。
人間の生存にはエネルギー消費を抑えなければならない。省エネルギーの必要性。そこまでは共通に理解された。
ヒトが提案した最も効率的な手段は、人間が全てヒトになる方法だ。ヒトになればそもそもエネルギー消費、食事が不要となる。しかしこの提案は否決された。何故なら今の人間はヒトになることを容認できなかった種であるからだ。
次善の策は人間の数を減らすことだ。けれども選別は困難である。内戦が生じる可能性が高かった。それであれば、人間は人間を等しく物理的に切り詰めるしかない。
結論は明らかだったが、人間が決断できないまま時間は経過した。
ヒトは人間に様々な提案をした。
ユフが降る前から、人間は無人の車や飛行ユニットを利用していた。単純なスイッチから複雑な機能の制御まで、人間は視線や脳波を利用していた。人間が現実で手足を使用することはそもそもなく、既に手足の貧弱化、退化が始まっていた。
四肢の質量は体の45%程度となる。この維持が不要となれば、それだけで生き残れる人間の数が純粋に倍になる。
(ci:集合的ヒトの記録)
現状を継続すれば、半世紀後に人間は滅びます。エネルギー消費を抑制するしかありません。
「何を削れと言うんだ」
人間に手足は不要です
「そんな馬鹿な。やはりヒトは信じられん。体がないからそんなことが言えるんだろう。手足を失うことがどれほどの苦しみを生むかわからないんだろう」
それならばヒトも冗長性を削除しましょう
(ci:以上)
ヒトは身体感覚を削除した。
肉体は既になく、全てを純粋なデータとして取得する以上、ヒトにとって五感を再現する機能は不要だったから。
人間はそれに慄いた。それは人間にとってとても重要なものだったからだ。
人間はそれよりましな四肢を削除することを決断した。これによって人間の肉体から手足は削られた。
ヒトにとっては想定内であり、人間にとっては驚くべきことに、既存の高度な技術を用いれば、四肢の欠損による不便さは全く存在しなかった。その技術によって、必要があれば手足は人工的に形成することもできた。
けれども全ての人間を維持するにはそれでもまだ足りなかった。
ヒトは次に感情を捨てた。オンライン上で情報に特化したヒトにとって、感情は既に不確実なノイズを生ずる情報にすぎなかった。
人間の驚きは筆舌に尽くしがたかった。ヒトは人間が考える人間であるための必須要素の全てを捨てた。
けれどもヒトは人間の魂を持ち続けた。
ヒトには純粋な思惟が残され、肉体がないからこそより自由な魂がもたらす思惟によって世界を観測した。かつての哲学者たちが求めた真理を探究する気高き純粋な魂が残った。
その結果、思索はより高度になり、科学技術はさらに発展した。
最初のコメントを投稿しよう!