7人が本棚に入れています
本棚に追加
2.約束
遠野先生は、俺をクラスに積極的に参加させてくれた。
朝と帰りのHR、給食も教室で食べた。学校行事はもちろん、どんな些細なことでも俺をクラスの中に引き入れてくれる。
そのおかげで、本来なら接点の少ない副担任の俺もすっかりクラスの一員になれた気がする。
「お疲れさま、深水先生」
職員室に残っていると、遠野先生がやってきた。
机の上でマジックワンドをまわすと、コーヒーの入ったカップが出てくる。魔法にもすっかり慣れた。
「はい、コーヒー。あ、砂糖とミルクは?」
「ありがとうございます。ブラックで大丈夫です」
「大人だね~」
「大人ですよ。遠野先生は?」
「僕も大人だからブラックだよ」
四苦八苦していた授業の準備にも、一ヶ月も経てば慣れてきた。けど、今度はもっとできるはずと欲が出てつい時間を掛けてしまう。
周りを見まわすと、いつの間にか他には誰もいなかった。
「熱心だね。頑張ってるのは偉いけど、あんまり根詰めない方がいいよ。僕で手伝えることがあったら、なんでも言ってね」
「ありがとうございます。早く遠野先生のように生徒たちに喜んで貰える授業をしたいので」
「あははっ、僕の場合はこれがあるからね」
ワンドをひと振りすると、ポンッと白いガーベラが現れて俺の机に舞い降りた。
「子供たちを惹きつけるのに便利なんだ。あんまりやり過ぎると、授業に集中してもらえないけどね」
遠野先生の専門は国語だ。教科は違えど、何度か見学させてもらったことがある。
静かな朗読に合わせて、教室に魔法が現れる。物語の風景や天気、登場人物を感じさせるような魔法。
それはまるで映画でも見ているようで、遠野先生の朗読に花を添え、聞いている者を物語の世界へといざなっていく。
「魔法もそうですが、遠野先生の朗読は聞き入ってしまいますね。廊下を通るときに先生の声が聞こえると、つい立ち止まっちゃって」
「昔から、周りの子たちに読み聞かせしてたからかな。あ、今も子供なのにって思ったでしょ」
「そんな、思ってないですよ」
慌てて両手を振ると、遠野先生がケタケタと笑った。
「そういえば、遠野先生っておいくつなんですか?」
「それ聞いちゃう? 君のご両親よりはずっと上だよ。お爺さんやお婆さんよりも、もっとかもね」
「ホントですか!?」
「ホントホント。中身じじいなんだから、労わってよね~」
ポンポンと遠野先生が俺の肩を叩く。
見た目中学生なのに、中身が……80? 90? いやそれ以上かもしれない。魔法使いが長寿だとは知ってたが、寿命ってどれくらいなんだ?
「さ、それ飲み終わったら帰んなよ。今日は車?」
「はい、遠野先生は歩きですか?」
「うん、この時間だと補導されそうで怖いけどね」
「ホウキに乗ったりしないんですか?」
魔法使いといえばホウキだ。たまーに、空を飛んでいる魔法使いを目にすることがある。
でも遠野先生は首を振った。
「僕はあんまりホウキに乗らないんだ」
「苦手なんですか?」
「違う違う。こう見えて僕、魔法使いの中ではかなり優秀なんだからね。苦手な魔法なんてないよ」
頬を膨らませて遠野先生は腰に手を当てる。この人、わざと子供っぽくしてるんじゃないだろうか。
「じゃあ、どうしてホウキに乗らないんですか?」
「目立つからだよ。僕、目立つのあんまり好きじゃないんだ」
「へえ、でも空を飛べるなんてうらやましいですけどね。俺も乗れるもんなら乗ってみたいですよ」
遠野先生がニヤッと俺の顔を覗き込んできた。
「ホウキ、乗ってみたいんだ?」
「えっ、乗せてくれるんですか?」
「いいよ、気が向いたらね」
いたずらっ子のような遠野先生は、本気で言っているのか冗談なのかわからない。
せっかくだから真に受けておこう。その方が楽しい。
「それじゃ、お先に。深水先生も早く帰んなよ」
「お疲れさまでした」
遠野先生が手を振って職員室を出て行った。
いつか、もしかしたら先生と一緒に空を飛べる。
まるで空想みたいな約束に、思わず頬が緩んだ。
最初のコメントを投稿しよう!