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1.先輩は魔法使い
「よろしくね、深水彰くん。背高いねー」
はあ……と空返事をしながら、目の前の彼を見下ろす。
背が高いなんて初めて言われた。俺の身長は170センチしかない。160センチあるかないかの彼に比べれば大きいんだろうが。
「僕は遠野ひふみ。一緒に頑張ろうね」
そう言って隣の席に座った彼は、どこからどう見ても子供だった。
まだ中学生くらいか、頑張っても高校生にしか見えない。
私立六花学園中等部。ここに中学生がいることは何もおかしくない。
ただ、ここは職員室。隣に座る彼は教員歴10年の先輩で、俺が副担任をする2年1組の担任だ。
魔法使い
魔力と呼ばれる不思議な能力を持ち、寿命が長く老化が遅い。成人しても長い間見た目は子供のまま。
存在だけはもちろん知っていた。テレビやネットで特集を組まれていることが度々ある。
でも、直に接するのは初めてだ。
スーツ姿の遠野先生は、どう見ても学生服を着ているようにしか見えない。
でも勤続10年にもなるからか、周りの教師たちは皆普通に接している。驚いているのは新卒で赴任した俺だけだ。
とはいえ、新学期の準備が始まればそんなことを気にしている場合ではなくなってしまう。
教師デビューの日に向けて、やることはたくさんある。
そして、あっという間に始業式当日。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。このクラスは去年も僕が担任だったんだけど、みんないい子たちばかりだから」
「は、はい……」
「ほら、リラックスリラックス。先生がそんなガチガチだと子供たちに笑われるよ」
廊下を歩く遠野先生が、あどけない顔をくしゃっとさせた。笑うと更に子供みたいだ。
俺の戸惑いとは裏腹に、今日まで遠野先生は気さくに話しかけてくれた。
慣れというのは恐ろしいもので、隣に子供の姿をした先輩がいることを当たり前に思うようになっていた。
それよりも、一歩ずつ近づいてくるクラスのことで頭がいっぱいだ。
遠野先生がドアを開けて2年1組の教室に入って行く。小さく深呼吸をして、それに続いた。
ワッ、と教室に歓声が上がった。
「やった! 今年も遠野先生!」
「よっしゃーー!!」
ライブでも始まるのかというほどの大喝采。
教壇に立った遠野先生は、どうもどうもと皆に手を振っている。大スターみたいだ。
「2年1組のみんな、進級おめでとうございます。今年もキミたちと一緒に勉強できること、嬉しく思います」
中等部は3年間クラス替えがないらしい。担任も変わらないとなれば、アウェイなのは俺だけ。
「では、副担任の先生を紹介します。深水彰先生です」
急に紹介されて、俺は教室の隅に立ったまま慌てて会釈をした。
「ほらそんな隅っこにいないで、こっちこっち」
手招きする遠野先生の横に行くと、生徒たちの視線が集中する。
教育実習とはまた違う緊張感。心臓がバクバクする。
「深水彰です。担当教科は社会科です。早くみんなと仲良くなれるように頑張りますので、よろしくお願いします」
頭を下げると、暖かい拍手が起こった。
「せんせー、よろしくー」
「わからないことは何でも聞いてね」
「宿題は少な目に~」
生徒たちの朗らかな声が飛び交う。
中学2年といえば思春期まっただ中。こんなにのどかで穏やかな教室なんて、俺の学生時代には信じられない。
これも遠野学級のカラーなんだろうか。
「遠野先生! 魔法やってよ!」
「そうだね。じゃあ、深水先生への歓迎の魔法を」
当たり前のように生徒が「魔法」という単語を口にした。遠野先生が魔法使いだとはわかっていても、まだ俺は実感が持てないでいる。
遠野先生が教壇から降りた。「そこにいて」と言われ、俺は黒板の前に一人立たされる。
斜め下に立った遠野先生が、懐からステッキを取り出した。
魔法使いが持つという、マジックワンド。もちろん生で見るのは初めてだ。
年季の入った濃い色、使い込んでいるんだろうか。
「今日の出会いに感謝し、深水先生に幸せが訪れますように」
遠野先生が俺を囲むように、ぐるっとワンドを動かした。
「うわっ!」
どこからともなく桜吹雪が舞い散る。そして、俺のポケットから青い鳥が飛び出た。
「ようこそ、深水先生!」
遠野先生がワンドを上へ向けると、天井には虹が架かった。
驚いている俺を見て、先生は得意気な笑みを浮かべていた。
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