義理の兄

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義理の兄

 翌日。  家族で夕飯を食べていたら、外が何だか騒がしい。  なんだろうと思っていると、家令であるジェイムズが大慌てで、食堂にやってきた。 「ラレン侯爵さまがお見えになりました!」 「あら、リチャードが?」  エレナが首を傾げた。  約束があったわけではない。こんな時間に突然の来訪というのは、かなり急な要件なのだろうか。 「なんと!」  父が食事の手を止めて立ち上がる。 「とりあえず、応接室にお通ししております」 「そうか、お茶を。えっと。お食事はどうされるのだろう……とりあえず、すぐ行くとつたえてくれ」  いちおう、義理の親子なんだけど、父は子爵、義兄は侯爵だ。力関係はあちらが上である。父も息子っていうより、上司が来たって感じだ。 「まあまあ。お食事が終わってからでよいのではないですか? こんな時間に突然、やってくる方が無作法というものです」  すぐにも飛び出て行きそうな父を、エレナが引き留める。  そもそも、一応、彼の母であるエレナがここにいるわけなので、訪ねてこられても不思議ではない。けれど、やっぱりただ事でないものを感じる。 「それで、何の用事かは、聞いているのですか?」  エレナが、ジェイムズに問いかけた。 「はい。なんでも、マリアお嬢さまにお話があるとかで」 「私?」  血の気が引いた。心当たりがありすぎる。 「す、すぐ行きます!」  私は慌てて、立ち上がった。エレナは何か言いたそうだったけど、聞いている余裕はない。  理由はたぶん、昨日の話だ。わざわざうちまでやってきたのは、相当腹を立ててしまったからなのかも。  私が頼んだわけじゃないけど、私が頼んだことになるのだろう。  スカートのすそを踏みそうなくらい大慌てで、私は応接間に向かった。 「マリアです」  ノックをして、ドアを開く。窓は閉められていて、ランプと暖炉の周りだけが明るかった。  昼間は温かくても、夜は結構冷える。暖炉に火が入っていても、部屋は寒かった。  訪問がわかっていれば、部屋を暖めておくこともしたけれど、突然だったから仕方がない。  義兄のリチャードは、ソファに腰を下ろしていた。  短いブラウンの髪で、エレナと同じ鳶色の瞳。非常に端正な顔立ちをしている。少し目つきが怖いけど。 「ああ、こんな時間にすまん」  リチャードは軽く頭を下げる。とりあえず、普通に挨拶されて私は戸惑った。  正直、こんな普通のやりとりをしてもらったのは初めてのように思う。初めて会った時なんて、ほぼ口をきいてもらえなかったし。  それほど怒っているようには見えないけれど、ご機嫌が良いとも思えない。本当に表情の読めない人だ。 「ひょっとして、夜会の件でしょうか?」  恐る恐る私は話を切り出す。リチャードは、ふぅっと息を吐いた。 「まあ、座れ」 「はい」  私は、リチャードの前のソファに腰を下ろした。身体がギシギシ言いそうなくらい緊張する。 「昨日、姉上から、王室主催の夜会でお前をエスコートするように言われた」  咳払いを一つして、リチャードが口を開く。  鋭い目を向けられ、背筋がぞくっとした。 「すみません。侯爵さまのお手を煩わせるつもりは毛頭ありませんので、全てなかったことに」  慌てて、私は頭を下げる。 「何を言っているのだ?」 「申し訳ございません!」  私はさらに頭を下げた。 「夜会は欠席いたします。エスコートを頼むような図々しいことは、二度といたしませんので」 「は? 欠席して、エスコートを頼まない?」  リチャードの声に不穏なものを感じる。  えっと。怖いんですが。  欠席しても怒られちゃうの? どうすればいいのだろう。 「その。社交界デビューが王室主催の夜会というのは、かなり荷が勝ちすぎですので、お断りするつもりでいたんです」  とりあえず、丁寧に説明をすることにした。 「なぜ?」 「えっと。今度の夜会は、王太子さまの花嫁捜しとの噂もあります。おそらくたくさんの令嬢が参加なさるでしょう。そんな華々しい会がデビューというのは、ちょっと恐ろしくて」  私は正直に話す。 「ふむ」  リチャードは、腕を組んだ。幾分、空気がやわらいだように感じた。 「確かに、気後れするであろうな」  とりあえず、わかってはもらえたらしくて、私はほっとする。  リチャードは、コホンと咳払いをした。 「しかし、今回の夜会は、爵位を持つ家の適齢期の娘は出席せよとお達しが出ておる。マリアが出ないとなると、義父上(ちちうえ)もお困りになるかもしれぬ」  ちちうえ。リチャードの口から、その言葉が出たことに、一瞬耳を疑うが、確かに、義理とはいえ、父は父だ。マーロウ子爵とか呼ぶのも、変かもしれない。 「困るのでしょうか?」 「ああ。お立場的に、苦しくなるかもしれない」  そういうものだろうか?  子爵の娘が欠席したと、いったい誰が咎めるというのだろう。 「マーロウ家とラレン家の婚姻は、社交界で昨年、一番の話題になった。もともとダンどの、義父上は、女性に人気があったしな。それに殿下もマリアに会いたいと漏らしておいでだ」 「で、でんかが?」  思わず声が裏返る。殿下って、王太子殿下のことだろうか。  いや、顔を見てみたいだけで、嫁に選ばれるわけでもないんだろうけれど。それにしたって、なぜって気もする。 「殿下は俺と年が近いので、殿下の相談役を仰せつかっている。マリアは、俺の義妹だということで、興味を持ったらしい」 「そんな」  そりゃ、侯爵さまともなれば、王室とのつながりがあって当然だけど。 「そ、それでは、出席しないと、侯爵さまにもご迷惑がかかるのですか?」  恐る恐る、私はリチャードの顔色を見る。 「いや、俺は別にどうということはないが、どのみち、そろそろ社交界デビューをすべき時期であろう? さすがに今回を欠席すると、次が行きにくくなるだろう」 「そうですか……行った方が良いということですね」  つまり行かないという、選択肢はないということなのかもしれない。  そうなると、やはりエスコートしてくれる人を探すべきだろうか。 「その方が無難だろう。俺もエスコートするから、安心しろ」  リチャードが頷く。 「ありがとうござい……へ?」  私は目を見開いた。
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